花を贈る。 六
ルビーのように情熱的に、
静かに、
くるりと振り向くと、やはりそこには見慣れた黒のひっつめ髪が、
不機嫌そうな顔をしてバルコニーのドアを閉めたところだった。
「 似合わないな、スーツ 」
「 …うるせー 」
先日の別れ際のような儚さを見せずに、いつもの通りテマリは笑った。
一言目はきっと向こうだろうと思っていたから、それなりに答えを用意していたのに
それがあまりにも普通で少し拍子抜けする。
夜風をあびる後姿は、全く別の、「女」のようだったのに。
「 警備の都合上、一人で外に出るのは勘弁願いたいんスけど 」
「 一人じゃなければいいんだろう。そこにいろ。 」
また、バルコニー下へ広がる里の木々に目を戻して、テマリはそうつぶやいた。
風に消え入りそうな声は、それでもはっきりとシカマルの耳に届く。
薄い紫のショールが、月明かりに輝く金色の髪と一緒に踊っていた。
「 …言ってること、めちゃくちゃっすよ 」
「 そうだな 」
矛盾している自分を少し笑うような声だった。それでいて、少しだけ悲しそうな
シカマルがゆっくりと歩を進める。テマリまで後数歩、というところまで来て、テマリがくるりとふりかえった。
思わずシカマルは足を止める。強い翡翠の目が、月光で輝きを増している。
「 …俺に、どうしろっつーんだよ 」
シカマルの、突然のようにも聞こえる問いかけに、テマリは答えない。
ただ、その目がそれ以上近づいてはならないと、そう言っていた。
伸ばしかけた手を、握り締める。
「 なあ、似合うと思うか? 」
しばらくの間をおいて、テマリは自分の姿を一瞥するように、両手を広げた。
シカマルが不思議そうな顔をすると、いつものように笑っていた顔を、違う雰囲気に変える。
「 背中、見えるだろ 」
くるりと一回転するようにショールをさげて、背中を見せる。
幾重にもかさなる、新旧様々な傷跡。それが部屋から漏れてくる光にさらされて、白い背中に光る。
「 これが、私のすべてだ。きっと 」
傷だらけで、だけどこの手で何を守れてきたのだろうか。
孤独の中の弟にさしのべることも出来ず、死にゆく母をひきとめることもできず、父を救うことも出来なかった。
「 傷だらけで、みっともないだろう? 」
逃げようと背をむけたわけではない。
けれどそれはすべて 誰にも心許さない独り者の証で
すべてを拒絶して、相手も傷つけて、とげだらけの姿で。
そんなかたちでしか自分の守り方を知らない。
そんな私に、この優しい里の、この男の隣が
自分の居場所でありたいと願う想いが
「 …んなこと、ねぇよ。大切なものを守ってきた背中だろう? 」
ハッと、テマリはシカマルを肩越しにふりかえる。
翡翠の瞳が見開かれて、部屋から漏れる明かりに照らされて、それはまるで
泣いているように見えた。
「 ―そして 守っていく、背中 だろう? 」
弟を、里を、里の人達を、…俺さえも守ってくれた、背中。
力強くて、高くて広くて遠いと思っていた。
でも本当は
小さくて震えてて、ふりかえった顔は
優しかったり哀しかったり儚かったり、するところもあって
「 そんなんじゃない。私は…、自分を一番守ってきたんだ。 」
テマリは再び闇へと視線を戻した。
翡翠の輝きが伏せられる。
今、自分が
一番、守っていきたい背中。
「 …自分を守ることが、誰かを守ることになることだってあるだろ。
あんま、難しく考えんなよ。めんどくせー 」
ふいに背中に触れた温もりに、少し驚く。
身を預けることは無く、拒絶することもなく、
しかしテマリは、首に回された男の腕を握った。
ほのかな想いをのせて やさしく、強く。
途端、シカマルはテマリを一度離し、くるりと一回転させて正面から抱きしめた。
驚いたものの、そのまま抱きしめられてしまったテマリは、一瞬迷って、シカマルの背に手をおく。
力が、よりこもる。
「 …本当は 」
あともう少し。
2009.3.1 ![]()
![]()