花を贈る。   五








狂ったように胸をかきむしりたい気分だった。

気づいてしまった寂しさは、あとからあとから溢れてくる。
それこそ、まるでせきを切って泣き出した子供の涙のように

山中が建物内に戻ってからも、姿をみせない男をおもって、目をふせる。

( なあ、 )

お前の居場所はどこにある?

問いかけたい。率直に、まっすぐに。
その答えがどう出ようとも、きいてみたかった。

席をたつと、ゆっくりと山中が近づいてくるのがわかった。














いのの想いを突然受け入れざるを得なくなって、シカマルは呆然と立ち尽くしていた。

…いや、突然なんかじゃない。自分は以前から、本当にいのが言うように「いつからかはっきりわからない」くらいにぼんやりと、それでも確かに感じ取っていたはずだ。
いのの態度や言葉の変化、何より感情の揺らぎを。その意思の強い目から声に出さずとも伝わってしまっていたのだから。

ただ、生ぬるいこの世界に浸っていたかった。
恋愛ごとに疎い、と自分を演出することによって。自分の感情にはそんなものはまだまだ生まれないのだというそぶりを見せることによって、先に進まぬように、…いのが言葉に出さぬように、仕向けてきたつもりだった。

それが崩れた、ということは
それを崩したのは自分の変化だということ
…自分の中に、それに関するものが生まれてしまったということ。

否、違う。

生まれはじめてしまっていたその感情に目を背けたくて、
興味のない自分を作り上げていたのだ。

そしてそれを誰より先に。自分よりも先に察知したのは、いのだったのだ。


いのが言った言葉を思い出す。


 ”アンタが好きよ”


言った時の、みたことないくらい女の顔をした表情を、


 ”いつからかはわからないけど、本当に、いつの間にか”


泣き出しそうなのを必死に我慢して、震える声を抑えるように唇を一瞬噛む、昔からの癖を


 ”でも、それに気づいたのは、”


夜になびかせた、あの人とは違う淡い金糸の髪を


 ”テマリさんがいたから。”


柔らかく笑った色んな感情の混ざった表情を、しっかりと脳裏に焼き付ける。


好きになったのはもっと前から。
でも、それと、自分がその人を好きだと気づくのは必ずしも同じでなくて
失いかけて、はじめて気づく。
それは愚かな人の性だと、自分は頭で理解しているつもりだった。


( 失うも何も、まだ手にいれてもいないのに )


目を閉じて思い出す。
雨に濡れた白い腕を。自分があのとき感じた、否、自覚した色んな感情を。

 ”これ以上私に、近づくな”

頼むから、と続けて聞こえたような気がしたくらいに、脆く強い声だった。
それに無性にいらだった。

何故今更、
( うちとけ始めたと思っていたのに )

何故避ける、
( 触れることなんてはじめから出来ないのに )

何故目をみない、
( 俺とあるすべて否定するかのような )

何故話してくれない、
( すべて知っているなんて思っていないけど )

何故俺じゃ、ダメなのか
( なあ、お前の隣には誰がいる? )


めんどくさいといつもの自分なら思うような状態だったのに。
そんな、今まで作り上げてきた自分で認識していた自分像を、すべて覆して

さよなら

聞こえなかった、叫び声を。

 許されるなら、あの時自分はどうしたかった?

そう自分に問いかけて、シカマルは夜空を見上げて歩き出した。

















目で促されて、バルコニーへ足を運ぶ。
テマリは、近づいてくるいのの目をそらさずに、以前―そう、あの日のようなかすかな戸惑いも見せない目で、いのを自分のテリトリーに迎え入れた。
それを感じながら、ああテマリさんはもう自分の中で結論がでているのだろうか、それが悪い方向でないといいと願いながら、いのはゆっくりと扉を閉める。

ゆるく風がふく。いのは背中を向けたままのテマリを見つめた。薄い紫のショールがなびき、自分とは違う月の光を吸収したかのような金色の髪をキラキラと輝かせる。
長い沈黙の後、口を開く。


「 シカマルに、告白しました。 」
「 それで 」


何の反応もないような、興味の無いような声で、それでも続きを促す言葉に、いのは逆らわず答える。


「 そういえばシカマルからの答えは聞いてません 」
「 まあ、聞かずともあいつの言いたいことくらいわかるんじゃないのか?お前なら 」
「 わかりませんよ。あいつ何考えてるかさっぱりですもんー…。テマリさんこそ、わかるんじゃないですか? 」
「 わかると思うか? 」


直接言葉を交わすのはあの日以来だというのに、普通に会話できることに少し安堵しながら、
いのは声に真剣な想いをのせる。


「 いえ、多分テマリさんにはわからないと思います。 」


多分きっとこの人は
自分は他里の人間だとか、
自分より私のほうがシカマルを知っているとか、
色々考えてしまうんだろうなあと思う。

私達よりも過酷な環境で育ってきて、過酷な任務をこなしてきて、自由とか感情とか色んなところにおいてきて、そんな自分が人に好かれるわけないんだとか、頭がいいからきっと感情よりも思考を優先して動かしちゃう人なんだろうな

そんなことを思いながら、テマリさんの翡翠の瞳をみやる。
強い意志がこもったその目を、一度だけシカマルが話題にしたことがあった。
いや、反応をみたくて何度もだしたテマリさんの話題に、シカマルが自らのったのは、そのただ一度きりかもしれない。

 ”あー、でもあの目は珍しいよな。なんか慣れない”

見慣れないから、気になるんだと
そう暗に告げた言葉の節々に、違和感を覚えたのは、きっとその頃から既に自分は気づき始めていたからなんだろう。

彼らのこの想いに。
お互いが、お互いに、自分の中の”今までの自分”を否定しないように、されないように、
ただひたすら自分を守る為に 隠してきた想いに。

でもそんなものは、許したくない。
私は、許したくない。

失ったのはテマリさんのせい。
だけど、気づいたのはテマリさんのおかげ

そして、今自分がこう思うのも―テマリさんと出会って変わったシカマルの、おかげ。


「 私の居場所は確かにシカマルの隣でした。 」

「 ・・・ 」

核心をえはじめたいのの言葉に、テマリはまっすぐ耳を傾ける。


「 …でも、シカマルの居場所は私の隣じゃなかった。 」

「 だからといって、 」

「 ええ・・・テマリさんの隣だとはいえないと思います。 」

言葉をさえぎるように告げると、テマリは一瞬だけ眉を寄せた。無意識に動かした程度の、かすかな反応。



「 ”居場所”なんて誰かのものじゃないのに 」



恋をしたから?それは、わからないけれど。
何年も、何年もずっとずっと一緒にいたアイツの隣に立ってるのは、もう自分だけじゃないんだって気がついた瞬間、それは遊び場に用意されていたお気に入りのおもちゃを取り上げられた子供のような。幼稚な独占欲に支配されて、理不尽な怒りをふりまわした。 
それは最初から自分のものだったわけでもないのに。そして、取り上げられたからと言って、誰かのものになってしまったわけでもないのに。
ただ、納得できなくて。それは私のだ、私のもの、返してよ。返して と


「 本当は…まだ、あなたのせいにしたい。 」


私がシカマルの隣にいられないのは、あなたがいるせいなのだと、そういいたい。


「 私は子供だから 」


でも、違うってわからないほど子供でもなくて
あなたがいるとかいないとか、関係なくて。

最初からアイツの隣は私のものじゃない。今、あなたがいなくなっても、私が隣にいられるわけじゃ、きっと


「 自惚れてたのに。でも、違った。 」
「 山中… 」

無理に笑ったのと一緒に、涙が頬を伝うのを、自分でもわかっていたけど、拭うこともしなくて
悔しいから、せめてテマリさんに知ってもらおう。
想いを伝えることの切なさも、痛みも、―隠して逃げるなんて卑怯、とはいわないけど

「 くやしいなぁ…。ホント、ムカつくあいつ。こんなにイイ女ふるなんてー… 」

ふられてないよ。本当はね。言葉にされてないよ。実際はね。
でも感じちゃうんだよ。何を考えてるのかは長い付き合いでも未だによくわからない奴だけど
アイツを好きな分だけ、アイツの想いも

「 テマリさん 」

ぎゅっ、と一度強く目をつぶって瞳をむける。
まっすぐ向き合った。

「 逃げないで 」

合わさっていた翡翠の瞳が、微かに揺らぐ。
そこに、今度は正直に、飛び切り笑って見せた。

逃げるなんて、テマリさんらしくないですよー。
じゃあ、忙しいのにお時間もらってごめんなさい。先に戻りますね。

そういって中へ戻っていくいのの後姿を見送って、テマリは夜空を仰ぎみた。
少しだけ、肌寒いけれど中に戻る気にはなれなくて、しばし一人で風を感じる。










山中の言葉が、涙が、突き刺さるようだった。





( こんなに、他人の感情で動揺するとは、な )



自分も生ぬるくなったものだと、少し自嘲する。
どうして自分ばかり、どうして自分じゃ、自分なら、自分を、

すべてがエゴだ。
彼女の想いも、私の想いも。そして多分―彼の想いも。

エゴの塊が、エゴの塊にぶつかって、それが反響して、そうして心がすさんでいくのと同じように、
エゴの塊を、エゴの塊に吸収させて、飲み込まれて、そうしてすべて包み込んで。
それがうまく溶け合って、互いのエゴを飲みつくして、
そうしてきっと、ひとつの形として、他人同士が何かの繋がりを得ていくのだ。

友情であれ、愛情であれ、何であれ。



―逃げないで



「 逃げる、か 」

逃げていたのか、自分は。いや、わかっていた。逃げている自分を。


「 確かにらしくないよな 」


ふっと、静かに笑うテマリの後ろから、キィ、とバルコニーの扉が開く音が聞こえた。















 




 ( 伝えたいと思う想いの強さを知ってしまったから )

2008.11.30