花を贈る。 最終話
こうしたかった。あの雨の日も、否、そのずっと前から。
ただ怖かったんだ。
風の女は 触れた途端、逃げていく そんな気がして。
一本の線を、引き続けていたんだ。
お互いにそうして線を引いて、越えることができなかったんだ。
「 苦、しい 」
「 …悪い 」
悪いと思うなら、力を緩めろ。そういいたくても、声が上手く出なかった。
苦しくて、苦しくて。胸が、心が。
「 苦…しい、よ 」
苦しすぎて涙が溢れてくる。
それは、自分の意思とは関係無しに、止めることはできなくて
そのまま目の前の男の、いつもの中忍ベストとは違う、もう少し上質の服ををぬらしてゆく。
木の葉の里の支給物である、上質の、服を。
居場所をとらないで、といわれて
彼から距離をとろうとした自分は、きっとどこかで
その居場所をとっている、とってしまうかもしれない、取る可能性がある、と、わかっていた
―自分の想いにも彼の想いにも気づいていて、知らない自分を作り上げていたから。
だからあえて自分に蓋をして、彼を悪者にして―
あなたが悪いんじゃないのに、といった山中と、同じなのだ結局。
居場所だと思いたい場所を、「居場所はココだ」とはっきり口にするのが怖かった。
違うよ
と、否定されるのが怖くて
「親友だよね」という言葉を、飾りでなく吐き出せなくなったいつかのように
「愛してる」という想いを、零して失くしてしまいそうで言葉にしなくなったように
「ここに居たい」と
いえなかった。
願ってはならないものだと、
「 なぁ 」
シカマルの声と首を動かした空気にならって、テマリは上を向く。
涙のあとはない。
「 月が綺麗だぜ 」
「 …知っている。 」
月明かりでキラキラ光る、翡翠の宝石は月よりもっと綺麗だと
そう思った。
もう一度、シカマルはテマリを強く抱いた。
より密着するように、心音が聞こえるほどに
ひとつになるほどに
「 ―その程度の関係とか、言うなよ 」
ぽそりと吐き出すかすれた声は、直接鼓膜を通り抜けて、心に響くよう
「 俺はもっとアンタのこと知りたいし、アンタに触れたい。
アンタのその目を見ていたいと思うし、もっと声を聞きたいとも思う。
…ただ、何より
アンタのそばに居たいと、思う。 」
触れられなくても知れなくても、目が見えなくても声が聞こえなくても
ただ、君のそばに居たいと
「 ―ばぁか 」
少し鼻ごもったテマリの、笑ったような泣いたような声を聞いて、シカマルはこめていた肩の力を抜いた。
知らないうちに、随分と力が入っていたようで、テマリがふうと息を吐く声が聞こえた。
「 それだけ、と言った 」
「 細かいことまで覚えてねぇよ 」
抱き合ったまま、軽口をたたく。
「 …めんどくさいんじゃ、なかったのか 」
「 は? 」
数日前の、立ち聞きしてしまった男の話を思い出す。
口悪いし、無茶すっし、怖ぇし、なんつうか…めんどくせぇっすよ
あれがこの男の本音だと、知って
嘘でなく真実でなく―自分は間違いなく傷ついた。
続きをうながすことなく、立ち聞きした話を説明することなく、ただそっと、男の言葉を待つ。
テマリが説明する気がないことを悟って、
ふう、というため息をついて シカマルは口を開いた。
「 確かに、めんどくせぇよ。アンタは。 」
ぐっと、手に力がこもる。テマリが離れようとした気配を感じて、シカマルは慌てて腕に再び力をこめる。
「 最後まで聞けって、
―めんどくせぇよ。無茶するから、どこかで怪我してねーか、って怖ぇし、
アンタといると、そんな―他人のこと考える、自分らしくない感情が
いちいち増えちまって 」
テマリは驚いてシカマルの顔を覗き込もうとしたが、シカマルに強く抱きとめられていて動けない。
かすかにみえた彼の耳が赤くなっているのに気づいて、何故だか無性に笑いがこみあげてきた。
「 ―私も 」
軽く肩を押す。柔らかい声色に気づいたのか、シカマルは今度はゆっくりと力を抜いた。
少し離れてテマリがその翡翠の目で漆黒の瞳を覗き込む。
頬にふれた掌は、冷えて冷たい。
「 お前のことをもっと知りたいし、目をみて、声を聞いて
触れて―、
そばに、近くに居たいと思う 」
緩やかに微笑んだ、―そう、まさに「微笑んだ」というにふさわしい顔で笑ったテマリは、
月明かりと同化して掻き消えてしまいそうな美しさだったので、
シカマルはまた強く抱きしめて、
俺の髪が黒で夜の闇なら テマリは夜空に浮かぶ月のようだと
我ながらくさいことを思って
近づくのが怖かった。距離を失うのが。
確認するのが怖かったんだ。線があることを。
相手の線を確認するのが怖かったんだ。だから、みなくてもいいように、自分で限界を定めて線をひいて、自分を守った。
自分の線を取り除けば、そこには何もなかったのに。
ガチャリとなるバルコニーの扉の音と共に、2人は反射的に少しはなれた。
「 お二人さん、ダンスの時間よー 」
太陽の笑顔をふりまく少女が、軽やかに告げる。
それに応えるシカマルに、小声で「山中は、めんどくさくないのか?」と聞くと、シカマルはいつかのような、柔らかい顔を作った。
「 めんどくさいっちゃーめんどくさいな。
でも、家族みたいなもんだから 」
その答えに、少しばかり嫉妬しつつ、「ラブラブねー!」と小突くいのの笑顔に、最大の感謝をこめて、テマリは笑う。
それをみたシカマルといのは、少し驚いて、同じように笑顔で返した。
走ってさきに部屋へ戻りながら、大きく手招きするいのをみてから、
二人はお互いを見合って、少し気恥ずかしげにくすりと笑う。
そして、見えないように、そっと手をつないで
明かりの元へ
並んで 消えた。
累月のこの思いを花束にして君に送ろう
( くさいと笑われてもいいんだ。君が笑うなら。 )
花を、贈る
( 花言葉は キミ )
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。途中とても難産でしたが、拍手の一言で踏みとどまって何とかラストまでたどり着きました。ありがとうございます。
実は途中から最初の予定と随分違う方向に進んでしまって、かなり焦りました。笑
2009.4 ![]()
御題提供:月夜