花を贈る。   参












「 ・・・俺、なんかしたかよ 」

女が濡れてんのに自分だけ傘さしてられるか、とついには自分まで傘を差すことをやめてしまったシカマルは、ためらいがちに言葉にだす。

あきらかに今日のこいつは変だ。
俺を避けているとしか思えない。

図書館の後も、いつもは火影室に行く前に資料室に仕事の調子を見にきたり、終るまで待っていたり、からかったり、本を読んでいたり、なんでもない会話をしたり
甘味どころにだって、一人でいくなんてことはなくて、「おごれよ、」「一人は入りにくいだろう」と何かと理由をつけて付き合わされていたのに。

朝はそうでもなかった。
支度がいつもより遅いとは思ったが、別に気になるほどでもないし、会話もそれなりにしていた。

だけど、朝から違和感が尽きないのは、全くこの人が俺の目をみようとしないことだ。

話す時はいつでも相手の目を真正面から見つめる女だ。その強い深い翡翠の瞳が、真っ直ぐこちらを向いてくることに、最初は落ち着かなかった。けれど次第に、この瞳をみれるということが、この「外交」というやっかいな任務の鬱陶しさを、なんとなくごまかすようになっていたのに。今日は一度も目が合わなかった。
それどころか、顔すらみないし、テマリの顔にはほんの少し隈が見えた。だから、朝は根をつめて寝不足かなんかで疲れてるのかと、無意識下で思って納得していた。

火影様の処へいくまでに会った他の忍に対しては普通であったし、笑いかけてもいた。他の人がいるときは、俺に対してもいつもと変わらなかった。
なのに、二人になると、途端に違和感があった。いつもは心地よいとも思える沈黙が、えらく長く感じたり、何かを話しかけて、返答もいつもどおりかえってくるのに、なんだかそっけなく感じたり。
それで、資料室で待っていても来ないから火影様に尋ねればすでに挨拶にきたというし、図書館にいってみれば、退室届けの時間はまだ俺が資料室にいたころだったし。
まっすぐ宿に向かえば、まだ帰ってないというしで、思いつくところをあたれば、一人で甘味屋にいやがる。やっぱり話しかけても上の空で、今度は返事もなくて。
しまいには、今、まともに話すことすら拒否されている。そして極めつけはこれだ。


 ―鬱陶しい


元来めんどくさがりで人に干渉することのない自分が言われる台詞ではなかった。
言われ慣れていないからなのか、妙にずしんと響いた気がした。それ以上に、「え」と思った。驚きというか、意外だったというか。
木の葉他のどの忍よりも女とは長い付き合いだから気が知れていると思っていたし、俺も話しやすくて。他の奴との態度を見る限り、少しくらいは俺に素を出して話してくれていると思っていた。だから、多少の自惚れもあるかもしれないが、まさかそんな風に思われているとは思っていなかったのだ。

それに、昨日の


 ―一緒にいかないか

あれは、なんだったのか。昨日の今日でのテマリの態度の変化に、シカマルは納得がいかなかった。


尚もシカマルの目を見ようとせず、少しうつむいたままのテマリの表情は少し暗く見える。濡れた髪が元気を失ってしなだれているのと同じように。
大粒の雨が、派手な音を立てながら地面にぶつかって行くのを聞きながら、シカマルはただ、テマリの声を待った。

ゆっくりと、テマリが今日初めてシカマルの目をみる。
しかし、その目は焦点が定まらないかのような危うさを秘めていて、艶めいていた。思わずドキリとする。まるで、テマリではないかのような脆そうな視線に、今にも崩れ落ちそうな印象を受けた。あの、テマリからだ。

同時に、みたことない表情から何を言われるのか予想がつかなくて、一瞬の恐怖を覚えた。



「 …別に、なにも 」


それなのに、テマリの口から出てきた言葉は特に深い意味はなくて、テマリはそのままくるりと宿へ歩き出す。


「 何もなかったらなんで俺を避けてるんだよ 」

「 避けてなんかない。 」

「 避けてるだろ 」

「 鬱陶しいだけだ。 」


私が好きでこの男に案内を頼んで、好きで里内を常に行動を共にして、好きであんなふうに泣かせたんじゃないのに。

( …好きで、 )

お前 なわけじゃないんだ。―お前がそうであるように。

テマリはぐ、と息を呑んだ。力を入れるかのように、感情を押し込めるかのように。


「 …強いていうなら、すべて、だよ。お前がすることすべてが気に触るんだ。 」


振り向いたテマリの表情は、雨で濡れた前髪が隠して見えなかったが、少し口元が笑っていた。声はいつもよりも少し低く吐き出されていた。


「 なん、だよソレ 」

衝撃でか、怒りか戸惑いか。足を動かせなくなったシカマルに早口でテマリは続ける。



 明日は迎えはいらない。これからも私にはいらない。
 今回で外交任務は降りることにするよ。お前に付き合うのももううんざりだ。

 
 …お前も、





   ―かわいそう、奈良先輩



   ―口悪いし、怖ぇし
   ―なんつうか





   ―めんどくせぇっすよ






「 もう私と かかわる必要はない。 」

「 …だから、 なんなんだよ、ソレ 」


「 所詮はそれだけの関係だろう 」




二度と、会えないように




「 じゃあな 」



テマリは宿の中にするりと入っていった。

 さよなら

雨で冷えて紫になりかけたテマリの唇が、最後にそう動いたように見えた。



















2008.05.26  参2