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担当の者たちと、内容や護衛、警備などについて最終確認を重々行った。これで、万全を期して明日の会に臨める。
そう自分で納得できてから、図書館をでた。図書館のひとつ上の階の資料室で明日の参加者リストをまとめなおして出席順を確認しているだろうシカマルには声をかけずに。

本当は、一声かけるつもりだった。けれど、タイミングが悪くて、聞いてしまったのだ。

自分の仕事を終えて、いつもどおりシカマルに声をかけようと資料室の前までくると、中から話声が聞こえた。


「 あの、砂のテマリさんっていったか、 」

シカマルと、他の男の声。立ち聞きするつもりはなかったが、自分の話題であることを知ってしまい、入るタイミングを失ってしまう。そのまま気配を悟られないように気を遣う。男はいい女になったよね、と前置きしながら

「 どーなの、最近噂だよ、君たち 」
「 別に何でもねぇっスよ 」
「 ふうん? 本当に? 」

シカマルの至極冷静な声に少しの安堵と、ちくりとする胸を感じた。
俺全然しゃべったことないんだけど、どんな人?実際、案内任務楽しいっしょ?と問いただす男に、ひとつため息をついてからシカマルはつぶやく。


「 ―口悪いし、無茶すっし、怖ぇし、なんつうか…めんどくせぇっすよ 」


自分でもわかっていたはずなのに、予想外にショックを受けていることに気がついた。ショックなど、受ける方が馬鹿げているだろう?普通の、意見だろう?「怖い」など何度言われたかしれない言葉だろう。

 めんどくさい

今までに何度も口癖で聞いてきた言葉なのに、何故こうも重たくなってしまったのだろうか。
この男が私に対してこんな風に、思っているだろうとは考えがついていたけれど、さすがに本人の口からきくのとは違う。
テマリはきゅっ、と胸元を握り締めた。


「 じゃあ、幼馴染の山中ちゃんは? 」

「 あいつは…なんつうか、 」

そういった声に、めんどくさそうに笑う顔が容易に想像できた。私の話題の時の、顔とは違う柔らかい笑みで。
だから、続きは聞かなかった。いや、
聞けな かった。





砂忍である私の見張り兼、案内役。
確かに彼の仕事だが、彼には他にも明日までに仕上げるべき別件の仕事があるのだから、無理に行動を共にしなくても良いだろう。
それに火影様にも盛装服の礼がてら、きちんと伝えた。だから、違反ではない。

自分に言い聞かせながら、一人では歩き慣れない里を一人で歩く。
宿に戻る途中で甘味どころを発見してしまったので、気分転換によることにした。一人でくるのは初めてかもしれない。
中は適度に混んでいた。隅の二人がけに座ってあんみつパフェを注文する。



「 私はぁー、奈良先輩。奈良シカマル! 」

パフェが運ばれてきて、一口目を食べた時だった。
自分よりも数年も幼いだろう、下忍の少女の声が、自分が居るより少し後ろの方の席からした。
きゃっきゃとはしゃぐ声は、まさに恋話とやらの最中なのだろう。「かっこいいと思う先輩」というテーマで出てきたその知った名前に、少しどきりとする。

「 えー、でも奈良先輩は山中先輩と付き合ってるんでしょー? 」

違うらしいよ、とすぐ別の少女が言葉をつなげたのに、その意味も音も聞き取ったのに、山中、という名字が入った台詞が最後のように、頭に残った。
昨日の出来事が一気に頭をよぎる。
あまりにもキレイに泣いていた可愛らしい少女を思い出す。さらさらと、崩れ落ちる美しい髪を。

甘いはずの餡蜜が、少し味を失った。それを無理やり飲み込んで、またたっぷり蜜のかかった部分を口へと放り込む。

「 でも絶対両想いだよね〜 」

はぁ〜、といううっとりした声が他の少女からもれる。「幼馴染」で、「チームメイト」で、「お互いにだけ態度が違うよう」となればどうみても「両想い」だと熱弁する幼い少女が、非常に馬鹿馬鹿しかった。

「 あ、やっぱりここにいた。 」

「 …奈良 」

話の中心人物の登場に、少女たちは小さく黄色い声をあげた。それから、答えた私をみて、声をさらに潜める。桃色だった視線が、途端に黒い色へと変わるのが見て取れた。
そんなことは気にせず、奈良は空いた私の前の席に当然のように座る。

(ちょっと、あの人誰?)
(山中先輩じゃないじゃん!)
(あ、砂の人みたいだよ)
(美人だけど、怖そう…)
(ねー、ちょっともしかして)

ひそひそと続く言葉の最後は、出来ることなら聞きたくなかった。



( ―最近、山中先輩と奈良先輩の邪魔者が居るって聞いたけど、あの人じゃない?)


ああ、なんで


(うそ、何ソレ)
(そういえば昨日山中先輩泣いてるっぽかった)
(マジ?もしかしてあの人に泣かされたの?)



私ばかりが、悪者にされなきゃならない。



「 また甘いもん食ってんスか?アンタ本当に好きだな 」わかんねー


(私、絶対山中先輩とくっついて欲しいのにー)
(いえてる、やっぱり一番お似合いだしね!)


かまうな



「 ていうか、出歩くなら一言言ってくれよ。一応案内役つかってんだぜ?めんどくせーけどよ 」



口癖で最後に付けただけだろう言葉が、ズキン、と胸をえぐる。
今までは口癖だから言っているのだと気にもとめていなかったが、これがこの男の本心だと知ってしまった今は、響いて聞こえる。何十にもエコーがかかっているかのような、しかし聞いた瞬間回りのガヤが全く聞こえなくなるような、強さをもっていた。



…頼むから
私にかまうな



(ねー、なんなの親しげにしちゃって)
(他里のくせにね。しかも年上なんでしょ?)
(付きまとわれてかわいそー、奈良先輩)


 ―お願い、テマリさん。
 ―私の居場所をとらないで




何で私ばかりが責められる。




「 …何、なんか機嫌悪いんスか? 」




こんな男



(何、あの人)
(はやく帰ればいいのに)


私には



「 なあ、 」 



別に関係ないのに。


「 うるさい 」



突然のテマリの声色に、シカマルは思わずビクリと動きを止めた。
後ろからする少女のひそひそ話も、途端にぴたりとやむ。空気が少し緊張するのがわかった。



「 用がない時はわたしにかまうな。慣れ慣れしい。 」



シカマルの顔に少し困惑が混じるのがわかった。それでも、もう止められなかった。


(なに、あの態度)
(せっかく奈良先輩が気遣って話しかけてるのに)

痛い心が、口を無駄に滑らせる。



「 鬱陶しいんだよ。 」



ガタリ、と立ち上がってテマリはすぐさま店を出た。もちろん、勘定は適当に置いてきた。
シカマルの顔を一度も直視することは出来なかったが、眉間に深い皺がよっていて、不本意だったり不機嫌だったりするときにする、あの特有の目を。強くて深い目をしていたであろうことは、空気でわかった。


(最低)
(マジうざくない?)




(奈良先輩も、あんな人の案内役なんてホント、かわいそう)




そんな声が、最後に聞こえた気がした。






*







「 なあ、おい待てって! 」


追ってきた奈良が、私が置いた分の勘定を手に持っているのが予想通りで少し面白かった。
そんな気分ではないというのに、また男だ女だいう奴の癖が見えて。

…そうだ、

奴にとっては私は「男」か「女」か。それだけでしかないのだ。そして私は、面倒くさい「女」なのだ。




「 ちょい、テマリ サン 」

立ち止まらない私に、痺れをきらした奈良は名を呼ぶことでストップをかけた。
呼びなれないのか、奇妙な間を空けて敬称をつけた奴の呼び方に、より一層気分を逆撫でられる。
大体なんでついてくるんだ。めんどくさいならかまうな。かまって欲しくなくて、キツイ言い方をしたんだ。

 キツそうな人

よく言われる言葉だ。初対面の時の山中が秋道に耳打ちするのを聞いた。そうだ、言葉のとおりなのだから仕方ない。

 怖ぇ女

そうとられて当然だ。実際そうなのだから。


「 なんだ 」
「 なに怒ってるんすか 」


苛苛と感情をあらわにしている私に対して、あいつの大人ぶった努めて冷静な聞き方に、無性に腹が立った。急に敬語になったところも、気にさわる。
もうこの男のすることなすことが、気にさわって仕方ないんだ。そうだ。

お前といるから私が醜くなるんだ。
お前のせいだ。


  ザー

不思議なくらいタイミングよく雨が降り始めた。朝の予想通りだったが、生憎雨具なんてものは持っていない。予測できても対処できなければ意味の無いものだ。
一人自嘲すると、後ろから傘が差し出されて、雨がさえぎられた。


「 濡れる 」
「 …やめろ 」


一歩退くと、一歩近づく。適度な距離を保ったまま、シカマルはテマリをなんとか傘の中に入れようとした。
しかし、テマリもなかなか退かず、ついには自身の腕をつっぱって、シカマルを遠ざけたまま止める。
真っ直ぐに自分の胸に伸ばされた真白い腕が、予想以上に白く細く、雨に濡れていた。
握ったら折れてしまいそうだった。



「 これ以上私に、近づくな 」 


( 頼むから )



伸ばした腕の間に顔を置いたまま、テマリは吐き出した。
それがひどく冷たく感じたのは、雨のせいだけじゃないんだろう。

腕一本分の距離が、何メートルにも、何キロにも、感じられた。
















 




(  この距離がなければ、壊れてしまうから  )( 失ってから気づいたけれど )

2008.04.19