背中石
こんなふうに月日が流れているのが、まるで当たり前のようになっているけれど。
「 それで、この件については前回の書類に似た記述があるから、それをみろ。 」
「 おー…めんどくせーな… 」
「 いいから、今日中にやれよ 」
念押しするように書類を人の胸に押し付けて、翡翠の目はキッと俺を見上げた。
少し眉を寄せると、それに反応して女の眉も寄る。
それももう、慣れた光景になってきた。女がこの里に来るのは何度目になるのだろうか。
それほど多いわけでもないのに、なぜかそう思う。
任務で来た女を出迎えて、数日任務を共にして、
女が里を出る日は門の前まで送って、短い挨拶を済ます。
それを多分二桁にいくかいかないか程度の回数繰り返しただけだけれど、
やたらと女の記憶は俺の中に多くて、妙に頻繁にあっているような気分になる。
女が来るには間隔があくから、その間隔の間は、別に女を思い出すことは無い。
女が来る日が近づくと、頭が、埋まっていくこともあるけれど。
俺はいつも別れ際に「またな」というけれど、女は決して「また」とは言わない。
ああ、とか仕事ちゃんとやれよ、とかそんな感じで。
俺は、里の門をでて、境界線にむけて歩き始めた女を、見えなくなるまで見送る。
女はそれを知ってか知らずか、決して振り向かない。
女の背中は消えてしまいそうなほど小さく、超えられないほど、でかい。
今日も女を宿まで送って(女が帰るのは明日の午前中の予定だ)帰るところだった。
珍しく道端に露店が出ていて、ヒゲ面のおっさんが手作りのようなアクセサリーやら何やらを売っていた。
その中で、別に何を思ったわけでもなくて、たまたま目をおろしたところに小さな石が見えた。
翡翠色の、ほんの小指の先程度の石を、皮ひもにつけただけの簡素なネックレス。
この値段はぼったくりだろう、と思うくらいの簡単なつくりで。
「 …… 」
「 どうだ、兄ちゃん。彼女にでも 」
ヒゲの親父は嬉しそうにそういって、俺が見つめていたその石を手に取った。
それに妙な嫌悪感を感じて、思わず俺の手は財布に伸びていたのだった。
「 それ、 」
「 毎度 」
金を払うと、すぐにそれを受け取って、革紐を持つ。
そのまま帰り道を進みながら、無意識に石を自分の服の袖で拭いていた。
きらり、と夕日を反射して、翡翠色の石は光る。
( ぼっただよな… )
どうみてもあの値段がするものにはみえないが、なんだかその石を自分の手元においておきたくなって、
買ってしまったように思う。
―彼女にでも―
彼女なんかじゃないし、彼女にしたいと思ったわけでもない。
ただ、なんとなく いつも側に、とかそんな意味でなく、
俺の「手元」においておけたらすごい、とは思ったけれど。
石は簡単に手に入った。
一度握りしめてから、革紐を丸めて中忍ベストのポケットに入れる。
まだ首からさげるには早い気がした。ただ、それだけだけど。
「 じゃあ、またな 」
「 ああ。 」
今回も女はああとしか言わなかったけれど、軽く手を上げてあるきだした。
その時ちょうど、ポケットにいれたままだったあの石を思い出して、女にやろうかどうしようか迷う。
歩き始めてしまった女を呼び止めるのは、気がひける。なぜだかあの女の背中に声をかけるのは、気が引ける。
そんなことを考えていたら、急に女がふりかえった。
「 次までに書類あげておけよ。 」
別に、なんという内容でもなかったのだけど、
女が別れ際に「次」とかいった言葉を発するのは 俺の中では、初めてではないかと思う。
女は二ッと笑って、また歩き出した。
俺は何もいうタイミングを逃して、結局そのまま女の背中を、呆然と、見えなくなっても見送っていた。
そしてまた石の存在を思い出す。
ポケットから取り出して、まるまってしまった革紐を丁寧に伸ばして、首からさげた。
ゆっくりと里の方向へふりかえる。高くなってきた太陽が、直接目に注ぎ込んできた。
まぶしい。キラリと石が光を反射する。
大きすぎる光と、あまりにも小さな石。
反射した光を、人にみられないようにこっそりと、服の下にしまいこんだ。
誰にも見せたくないし、触られたくない。誰にも知られたくない。
石の存在も、女も。
翡翠の石は、ひんやりとした石の冷たさと、少しの熱を地肌に伝えてきた。
…女を思い出すためのものを、女にやってどうするんだ。
一人で小さく笑って、石を服ごと握り締めて、歩き始めた。
露希様へ捧げます。相互リンク記念SSです。
日常シカテマというリクエストだったのですが…日常シカ→テマになってしまいました…
テマリさん全然でてきてないですね、汗。すみませんー;
ありがとうございました!
2007.4.30 ![]()