涙の痕跡

















「 おい 」


五代目と親父と、シズネさんが足早に戻っていくのを、じっとそのまま動かずに見つめていた。

さて、こんだけ派手に泣いちまってどうするか、そう思って手で涙をぬぐったときだった。

顔をあわせづらくて後ろを振り向けなかったというのに、アイツはわざわざ俺の顔を覗き込んで、その腕を握って止めた。


「 こすると腫れるぞ。明日になっても泣いたとバレバレだ。」


そういうとアイツはきょろきょろしてから聞いた。


「 このあたりに水はないか 」

「 ああ?この建物の裏に湧き水があるぜ 」

「 そうか。来い。 」


そういってずかずか歩いていく。仕方ないのでついていくことにした。


一体なんなんだ?メンドクセーな・・・






裏の湧き水にたどり着くまでアイツも俺も何もしゃべらなかった。
別に気まずいとかでもなくて、ただ無言だった。
きっともともとあっちも普段から話すタイプじゃないんだろう、そう考えていると


「 ほら 」


といってぬらしたタオルを投げてきた。


「 わ 」


完全に不意打ちだった俺は思わずタオルを落としかける。

それをアイツが軽く拾って、そのまま俺の目に当てた。



「 冷て 」

「 湧き水だからな。 しばらくそうしてろ。 」



言われたとおりにタオルをのっけて上を向く。




「 そうやって冷やしておけば明日まで腫れは残らないから。 」




・・・ああ。そうか。

コイツは今までそうやって夜一人で泣いて、翌日にばれないようにする方法を知ってるんだ。





「 あー・・・かっこ悪ぃな・・・ 」

「 そうだな。男だ女だ言ってた割には、女の前で泣くのだから 」

「 ・・・・ 」

「 ・・・でも 」


しばらくの間のあとアイツは珍しく少し控えめに声を発した。
なぜかその声が気になってタオルの隙間からアイツを覗き見する。





それは




「 泣くことは恥ずべきことじゃない。 」




なんとも




「 むしろ 」




あいつらしくない




「 人のために涙することは、いいことだと思う。 」




痛みをたえてるかのような




「 人前で・・・泣けることは いい。前で泣いてもいい人がいることは、いいことだ。 」




切ない顔だった。





なぜか俺はひどく見てはいけないものを見てしまったような罪悪感に駆られて、あわててタオルの隙間を埋める。

視界は真っ暗。なのに今のあの顔が瞼から離れない。


影に沈んだ翡翠の瞳が。





「 ・・・お前 」

「 なんだ? 」

「 お前はいないのか・・・? 」





−どんなもんだ−

あんな風に笑えるお前が





「 私は泣かない。 」





そんな風に強い瞳をもったお前が





「 ・・・泣けない、じゃなくてか? 」





そんな風に切なげに瞳を揺らすなんて

誰が、どれだけの人間が、知ってるんだ・・・?





「 ・・・何、を 言う。 」





ほら 視線をはずすのは図星だった証拠だろ?

俺より3年長く、俺より過酷な環境で、

生きてきたお前にとっては俺はガキかもしれないけど

だけど




「 ・・・泣きそうな顔、してるぜ? 」





大きく揺らいだその瞳を見逃すことなく、俺はタオルをそいつの目にかぶせる。





「 あー・・・それをしてれば 泣いたことも明日にはなかったことになるんだってよ。 」


「 ・・・ばか 」




タオルを両手で押さえたまま、そいつは頭を伏せた。

か細く聞こえた最後の声が、ひどく愛おしくて。

顔にタオルを押し付けるその肩が、ひどく小さく見えて。


さっき助けてもらったばかりだってのに

柄にもなく、


守ってやりたいなんて


思っちまったんだから


めんどくせー・・・











そのうち雨が降ってきて

そいつはまだ顔を見せられないみたいだったから

濡れないうちに戻りたい、とか 前が見えないんだからとか説明付けて



そいつの手を握って走る。


雨の冷たさに比例して、握られた手は恐ろしいほどに、熱い。



そのうちアイツが手を握り返してきたものだから

手に当たった雨は蒸発するんじゃないかと思うくらい、熱くなる。












「 おい 」


建物内に入ってから雨をはらっていると、後ろから声をかけられて、振り向くと同時にまたタオルを投げられた。



「 貸しといてやるよ。泣き虫くん。 」



さっきみたいな顔は何処へやら。にっかりと笑ったその顔に、涙の痕跡はなかった。

少しだけ、ほほが赤いこと以外には。



・・・俺は何を満足してるんだ。

少し違う顔を見ただけだというのに。

もっともっとお前のことを知りたいと思う、なんて。



「 あ、おい 」



立ち去ろうとするアイツに思わず声をかけていた。



「 なんだ? 」

「 あー・・・明日空いてっか? 」

「 ? 午後ならあいているが 」

「 そうか。じゃあコレのお礼、すっからよ。 」

「 ・・・なら 甘いものが食べたい。 」

「 ・・・ハイハイ。 」



ほら、また甘いものが好きだなんて意外だとか、ちょっと控えめに言うなんて可愛いとこあんじゃねーかとか

俺らしくもない、思考。



「 ハイは一回! 」



あー・・・俺はなんで母ちゃんより怖ぇ女ってわかってて



「 ・・・ハイ。 」



めんどくせー相手だってわかってて




「 良し 」




・・・その顔をみたいと思ってしまうんだろうか。


本当に


いっそ幻術ならよかったのに。


こんな めんどくせー・・・




「 じゃあ 明日な 」




風を巻き起こしてそいつは去っていく。 本当に、強い風を。


あー。


 早く明日になんねぇかな


なんて思いながら


タオルを再び顔に乗せた。










































お互い特別な関係であるといい。
そしてこの段階で自覚しているのはシカマルだけだといい。

2006.8.02