傷ついても   五














目が覚めて一番初めに見えたのは、黒。

それが病室の闇だとわかったのは、徐々に目が慣れてきて、黒がグレーになり、天井が白なのだとわかって、右手が温かかったから。

シカマルが、私の寝ているベッドの隣で、座ったままうずくまっていた。
私の右手を、強く握り締めて。


( …ついてて、くれたのか )


左手には点滴がつながっていて。何度みたのだろう、という景色だったが、不思議と、今までのような寂しさも孤独感も切なさも恐怖も、押し寄せては来なかった。
ただ、右手が温かくて。

意外にも体は動くものだった。ゆっくりと起き上がろうとすると、右わき腹に鈍い痛みを感じたが、だいぶ塞がっているのか、それほどひどくはなかった。

目が慣れて、気づく。

この病室が、こんなに広いのに暖かかった理由。

反対側、左手の点滴側にはサクラがいて、そのさきには布団にくるまったいのとチョウジがいて、さらに赤丸に包まって眠るヒナタとキバがいて。

我愛羅とカンクロウからの封書があけたままおいてあって、カンクロウの字で、すぐに行く、といった言葉が殴り書きしてあって。すぐ横にテマリを頼む、と短く我愛羅の字があった。

こんなに、暖かい病室があるんだ。
知らなかった。

そう思ったら、頬に暖かいものを感じた。

涙なんて、長いこと流してなかったのに。


「 ん… 」

涙を拭こうと、右手をはずそうとすると、一度強く握られて、シカマルががばっと起き上がった。その目は、大きく見開かれていた。


「 テ… 」

「 ただいま 」

言葉をつむげなくなったシカマルに、とりあえずそう告げると、シカマルはくしゃ、と顔をゆがめた。こんなシカマルの顔、見たこと無い。

「 バカ、やろう… 」

シカマルはそのまま私の腰に抱きついた。まだ、右のわき腹の痛みが完全に引いているわけではないと知っているのかいないのか、頭をそのまま布団につけた。
トップにむすばれた、黒髪がこそばい。

「 …みんな、心配して… 」

「 ん… 」

こんなに、暖かい。自分の腕も体も、血が足りていないのか、白くて冷たいのに、
こんなに、こんなに
暖かい。

「 ラエンは… 」

「 明日、またくるぜ、きっと。 」

「 そうか… 」

「 とりあえず、寝ろよ。まだ起きるな 」

「 平気だよ、もう 」

「 い、いいから… 」

そのまま私を布団に、まるで嫌がる子供を寝かしつけるように、寝かせて
シカマルはそっぽを向いた。

「 シカマル? 」

「 ば、…マジで死ぬかと思った。 」

「 …ごめん 」

「 …アンタじゃ、なくて。俺、が。 」

少し首をかしげると、シカマルは、真っ赤な目をして振り向いた。涙の後はふき取られているけれど、また泣いてしまったんだな、この泣き虫くんは。
…でも、嬉しいよ。


「 アンタが死んだら、俺も死ぬかと思った。 」


死のうか、ではなくて。自然と、心臓が止まってしまうのではないかと思った。
こいつが死んだら、俺の心臓は、動くことをやめてしまうのではないかと


「 …人が死ぬというのは、どういうことなんだろうな 」


テマリはゆっくりと目を閉じて、言葉をつむぐ。シカマルは、突然のテマリの言葉の意味を読み取れずに、それでも何もいわず、続きを待った。


「 何度も、こうして生死を彷徨ったけれど 」


何度もこうして、死んで 生きて
それでもまた、死にゆく。

何人もの死に目にたちあって、自ら奪った命も、あった。


「 …未だに、よくわからない。 」


父を亡くした怒りをぶつけてきた少年。対峙したとき思ったあの違和感。

私は

父が、死んだとき
風影が、殺されたと知ったとき


「 泣けなかった 」


泣かなかったのでは、ない。泣けなかったのだ。

悲しいとも、悔しいとも、憎いとも、何にも思わなくて、

死に顔もみれなかった父の葬式で、私はただ、

祈りをささげることも


「 泣きたかったのか? 」


シカマルの言葉にテマリははっと目を見開く。

泣きたかった?


「 風影のために。親父さんのために。お前の、ために 」


私の、ために?


「 親父さんの…死を、風影の死と思いこんでごまかしたんじゃねーのか? 」


同じ、だろ?


「 ちげぇよ。風影が死んだ、殺された。それで、終わらせたんだろ? 」


シカマルの言葉の真意がつかめない。


「 父を、風影としてしか見てこなかったわけでもないだろ?

  だけど、お前は風影の死しかみなかったんだ。父の死を、見なかった。 」


そうだ。父は、風影として死んだ。
風影として殺された。
どこからが嘘で、どこからが本当のあの人だったのかもわからないまま
だけど父は


「 ころ、された。 」


だけど私たちも


「 ころ、した。 」


死んで生きて殺して殺されて殺し返して死なせて生き延び て

泣きたかったのだろうか。父のために?


「 ちがう。 」


自分の、ために。父を亡くした自分のために。

死んだ父は知っていた。殺された父も知っていた。

でも、みなかった。

ああ

そうか。









 僕は、お父さんを病院で看取った。
 苦しそうな、お父さんが、必死に僕の手を握りしめて、真っ赤になった口で
 頼む、って

復讐じゃなくてお母さんを、妹たちをってことだったんだよね。


わかってたけど
でも、知らないフリをしてて

そうじゃなきゃ、耐え切れなくて
何かに、誰かにあたらなくちゃ、生きていけなかった。
何かを、意味をつくらなきゃ、死んでしまっていた。
復讐という名の意味を。


「 お前もみなかったんだな、”父の死”を。 」


死に目に立ち会うとか、そんな意味じゃなくて
受け入れるだけの力を持っていなかった。意味を持たなきゃ生きていけない、あの日の弟もそんなことを言っていた。
 何のために存在するのか
父のその姿を、きちんと飲み込むことができていなかったんだ。
父の存在した意味、その姿を。
まだ、わかっていなかった。

ラエンは小さく首をかしげた。


「 まだお前には難しい問いだったかもしれないな。 」


これから忍として生きていくなら、必ずついてまわる「死」という意味を、
自分で奪うことも、あるだろう。

できればお前にはそんな風になってほしくはないけれど、でも戦うことで守ることもある。
大切なもののつながりの為に戦う。大切な、人の、里の、ために。


「 いつか、きっとわかるよ 」


微笑んだテマリの顔は、恐ろしいほどに優しくて、まるで母みたいな、そんな空気をもっていた。
テマリの点滴をチェックしていたサクラが少し驚いたような顔をしてから、嬉しそうに笑う。
そんなふうに、生が広がっていく。


数日後にカンクロウが到着して、1週間後にはテマリはカンクロウとともに砂里へと帰っていった。

 帰ったら、父に会いに行くよ。我愛羅とカンクロウも、一緒に。 

そう言って、笑って。




あの時、赤丸がテマリの体を庇っている間にチョウジが上の土砂をおさえて、
キバが岩をどかしたんだそうだ。
詳しい状態もわからずに報告書を書こうとした俺に、嬉しそうにいのは語って聞かせた。
事後報告書を書く際に色々聞いてまわった。あの時の俺は頭が混乱していて全く状況把握ができていなかったから。
みんな真剣にテマリを心配してくれているけれど、まぁきっとそのうち俺はこのネタで相当からかわれるんだろう。それも念頭に入れておかなければならない。


でも生と死と、その狭間の意味と、
殺した人と殺された人と、遺された人と、

すべての意味を理解することはできなくても、きっと俺たちの仕事柄一生ついてまわることだから。

いや、俺たちがついていかねばならぬことだから。



今頃テマリは泣いているのだろうか。

父の為に、母の為に、弟の為に、自分の為に。

残してきた涙を、見つめなおしているのだろうか。


いや、きっと。

笑っているのではないだろうか。

弟たちとともに、歩き出した里で

大きな大きな、笑顔で

この空のように。


まだ思い出すと震える手が、確かな生を感じさせてくれた、ある日の午後だった。


































なんだか思っていたのと違ったラストになってしまいました…。
間隔が長くあいたりしてしまって、申し訳ありませんでした(汗)
長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。

2007.04.28