陸
ざざざざ、という音と共に木の葉の里の門が半壊した。
何度も何度も何度も通った門が、形を崩していく。
それをしっかり目に焼き付けながら、予定通り里内に入っていく仲間の忍を確認して後を追う。途中で何人かわからないくらいの木の葉の者を吹き飛ばして。
この先にすすむと、優しい主人の団子屋と、いつもよる時間とキッカケが無かった装飾具店と、暖かい夫婦のいる家と、あの場所―
脳の片隅に流れる記憶に少し気をとられた間に飛んできたクナイを、振り向きざまに吹き飛ばす。つづけて足元を狙う手裏剣を飛んでかわして、体制をととのえた。
そしてテマリは、覚えのあるチャクラを感じるその方向を、まっすぐに捉えた。
「 テマリさん 」
その忍は、道の中央、テマリの真正面に向かうように
クナイを握ったまま立っていた。
山中いの。
まるでこれ以上は進まないでくれと懇願するような顔で、震えた足で、
それでも山中いのは、自身の里を背に立っていた。
その少し震えた声に、テマリは苛立ちを表すかのように「ち、」と舌打をひとつ零す。
「 …お前で、戦えると思っているのか? 」
笑みを浮かべるテマリは、明らかな挑発の色を瞳にのせていた。
人を小ばかにするような、何年前だろう。出会った当時の空気によく似ていた。あの頃の彼女はよく知らないが、中忍試験のときの様子を思い出して、いのは一瞬ひるむ。
自分が知っているテマリとは、違うのだと云われたような気がした。
「 …どうして 」
「 しゃべっている暇があったら逃げたほうがいいぞ 」
言うなりトレードマークになっていた巨大な扇子を振りかざして、テマリは自分の右手にあった建物を破壊した。
その行為にイノの頭がカッと熱を帯びる。それがどんなにわざとらしい明らかな挑発であっても、大切なものを目の前で破壊されて、落ち着いていられるような冷静さは今のイノにはなかった。
その様子を察知した周囲の木の葉の忍が、テマリへ向かって攻撃を開始した。
それをまるで待っていました、というように、笑みをひとつ零してテマリは扇子一つで応戦する。
向かっていく知った忍を、テマリさんと他の砂忍たちは次々と易々と傷つけていて
悔しい、悔しいけど
「 何でッ… 」
クナイが飛ぶだけで、私は動けない。
「 戦う気がないなら、死ぬしかないぞ。 」
その、まるで頭上から響くような冷たい声に、ハッとして顔を上げる。
テマリは今まさにイノに向けて攻撃をはなとうとしていた。おおきく振りかぶった扇子と、しなやかに曲げられたテマリの体の動きがゆっくりと目に焼きつく。
目を合わせるたびに緊張した、あの翡翠の瞳の、美しい色がみえなかった。確かにきらりと輝いたのに、あの鮮やかな色が思い出せない。冷たい色。
その恐怖に、イノは反射的に目を強く閉じる。―違う人だ。
この人は私の知っているテマリさんとは、違う人だ。
( ころされる )
そう、確かに思った。
「 …間、一髪 」
暫くしても衝撃がこないことを不思議に思い、そっと瞼をあげるのと同時に
聞き慣れた声がした。振り向くと、シュルシュルと戻っていく影と、見慣れた幼馴染。
きてくれた、と思うのと同じくらい、きてしまった、と心臓が強く脈打った。
シカマルの影を飛びのけ、攻撃をやめたテマリは、シカマルを真正面から視界に入れる。
イノはその瞬間、少しでもシカマルの登場に期待していた自分を悟って悔いた。彼が登場すれば、何かが変わるかもしれない。いや、元に戻るかもしれない。そうどこかで思っていた自分を、ひどく幼稚に感じた。
翡翠が帰ってこない。
―これが、砂の風姫。
そう頭が認識すると、イノはぞっと、背中に悪寒が走るのを感じた。いや、背中だけではない。全身が無防備に殺意の中にむき出しにされているかのような、そんな感覚だった。
こんな彼女は、私の記憶の中に、いない。
「 シカマルっ… 」
「 … 」
シカマルはすがるように声をだしたイノを振り向かずに、
微かに悲しみと怒りの色がみえる目で、壊された里を。
そして、テマリを みた。
それをじっとりと待ってから、風姫は笑みに歪ませたままの口を、ゆっくりとひらく。
「 お会いできて光栄だ、影の策士殿 」
「 …風姫さんよ、何で今上忍が出払ってるってわかった? 」
「 簡単だ。砂里はもう持たない。崩すなら今だ。 」
「 …里を、捨てて、あえてコチラに攻撃を? 」
その質問には答えず、砂の姫君は笑った。
それを皮切りに、攻撃戦が開始される。
イノは、みつめていることしか出来なかった。
シカマルと共に来た忍数名を相手にしながら、テマリさんは何を思っていたのだろうか、その姿はもうすでにぼろぼろだったのに。
私の知らない「戦場」のテマリさんは、恐ろしく強くて、冷たくて、綺麗で。
テマリさんと一緒に入ってきた砂忍たちは、木の葉の忍を相手にするよりもまっすぐ里の破壊に向かっていた。
その足止めに手を貸しつつ、どうにか二人の方をみやると、テマリが他の忍に応戦しているその影で、シカマルは印を組んでいた。
ああ、そういえば
「 山中、頼むぞ 」
戦の前。もうどうしようもなくて、戦争が始まるのは時間の問題だってわかってしまった頃。最後にテマリさんに里内で会ったとき、話の裂け目に、ただ脈絡も無くそんな言葉を伝えられていた。甘いから。頼むぞ、と。他には何もいわなかったけど、複雑そうに、翡翠の瞳を曇らせて優しく笑って。…きっと、そう。
あの頃から、テマリさんはこの状況を知っていたのだろうか。
私はこの先の状況が、計らずも読めてしまって
視界が涙で曇っていくのを 止めることが出来なかった。
扉を叩いた手の痛みだけが
( 焼きついて離れないあの笑顔と共に )
このあたりが多分山場なんだと思うんですが、いかがでしょう。
2011.1