色んなものを詰め込んで。−シカテマ拍手お礼小説−














久しぶりに会ったとき、一目でわかってしまった。

しようと思わなくとも、理解してしまった。
ああ、こいつは決めてしまったのだな と。

この里で、この里の為に生きていくことを、自分のすべきことを、しっかりと見極めたのだなと。
そして、絶対的にうまれてしまったあいつと私の間の距離を。



幾分大きくなったお腹を、愛おしそうになでる紅の隣で、テマリはなんだか落ち着かなかった。
話は聞いているし、彼女は何度か見たことがあった。でもその大きなお腹を見るのは初めてで。
いづらいというか、自分がここにいていいのだろうか、とかそんなことを思ったとき、ふいに紅から声をかけれる。

「  触ってみる? 」
「  あ、 」

そういうと、砂の姫は慌てて出しかけた自分の手をひいた。その行動を不思議に思うと、顔に出たのだろう。彼女は少し気まずそうに口を開く。

「 怖い、んだ 」

この手で触れてしまうことが。
呪われた宿命や、血に汚れたこの手を。まだ何色にも染まらない、ひどく透明なこの命に触れるのが。

たった一言、それしか言わなかったが、同じ忍という立場として、その感情は痛いほど紅に伝わる。そして、風影の子としての血に縛られた立場が、どれだけ彼女が彼女自身を縫いとめる足枷になっているのかを、アスマのシカマルの話の中に、かなりの頻度で彼女が登場するようになってから、幾度となく感じていたから。ぎゅ、と握りしめた彼女の拳が、かすかに震えているのがみてわかる。
きっと彼女は知っている。
他里という立場だけが、彼等の関係を縛っているのではないということ。

…それでも、愛してしまったのなら、どうしようもないものね。

紅は淡い母性的な笑みを浮かべたまま、そっと命に触れた。そして、

「 私の手の上から触れてみなさい 」

先程までの他里の忍という立場ではなく、人生の先輩として。女としての先輩として語りかける。強い瞳と目があって、そっと、少し熱のこもった手が紅の手の上に触れた。

「 暖かい 」

驚いたような、まるで子どものような顔をしたテマリをみて、紅はふっと笑みをこぼした。

「 さっきまでよく蹴ってたんだけど 」
「 痛い…か? 」
「 ん、少しね。でも痛みより喜びの方が大きいわ。 」

このこの為ならなんだってしてみせる。不思議とそういう気持ちが、あふれてくる。子というのは不思議なものだ。

少女はまだ触れたままの手を見つめていた。何分そうしていたかわからないくらい、じっと。
紅も苦ではなかったし、何よりその場の空気がひどく心地好いものだったので、何も言わずにいた。
ふいにテマリがポツリと口を開く。

「 …なんか、変な気分だ 」

紅と会うのはほぼ初めてだ。昔ちらりと挨拶をかわしたことはあるが、話したことはなかった。
今日このとき会ってまだ一時間もたたない時間を共有しただけの、彼女のお腹に宿るこの命を、こんなにも愛しいものだと思えるなんて。ここに命があるのだと感じることが、こんなにも、心を暖かくするなんて。

「 あっ 」
「 蹴ったわね 」

ありがとう、かしら。それとも初めまして?
そう言いながらクスリと笑った紅を、テマリは素直に綺麗な女性(ひと)だと思った。



彼女は透明といったけれど、ある意味でこんなに貪欲な命もないと、紅は密かに思う。
母の血を喰らい、生まれいでる強さ。それ以上に、誰よりも自分の運命や宿命に荒がうことのできない弱さ。それでも、ただその存在が人を強くする。当たり前のように、誰もが経験してきていながら、誰もが忘れている事実。
なんて強くて儚く、気高い命だろうか。



「 紅先生、 」
やっと迎えにきたあの人の愛弟子は、年相応のおどけた顔をした。彼の名を短く呼んだ少女が立ち上がって紅の前に立つ。改まった顔をして、お腹ギリギリまで手を近付けた。そしてゆっくり口を開く。

「 …いつか 」

いつか、また君に出会うことがあったなら

「 その時はまた 」

笑ってでもいい、蹴ってでもいい。
君の暖かさに触れさせて。

緩く弧を描いた彼女の口。その笑顔はまるで母のような、
単なる女ではない慈しむものを知った笑みに近いような気がして、紅は少し驚く。

少女だと言った。
少女というにはあまりに知りすぎた子だとも聞いた。

すぐさま振り向いて、いつもの強気の笑顔で「 随分と遅かったじゃないか。すぐ済むんじゃなかったのか? 」というと、迎え人は苦笑いして「 うちの五代目は気まぐれなんだよ 」と片眉をよせて肩をしゃくった。

少女は彼から、最近しなくなった昔のような、気抜けた表情を引きずり出す。それでいて、誰もみたことのない顔もうみ出して、生み出されている。

彼等の関係はなんとも形容し難い。
単純なようで深く、深いようで、鋭く浅い。

やりとりを見ながらクスリと笑って、紅は立ち上がった。
その前に、すっと二人の手が出る。それを、自然になせるということが、どれだけ彼等中に優しさや愛が潜んでいる証になるのかを、きっと彼等は知らない。

これから検診だから
送りましょうか?
という彼に一人で大丈夫よ、というと、躊躇いがちに手をひいたシカマルにならうように、テマリも身をひいた。どこか名残惜しそうなその顔に、にこりと笑ってみせる。

そしてまたね、と手をふって、紅はその場を後にした。







「 やあ紅。どうだった、砂の姫は 」

二人と別れて出口へ向かう前にそう声をかけられて、紅は立ち止まった。ふりかえった先にはまるですべて見ていたかのような五代目の笑みがあって、この人はすべて、―そう彼らの想いも―すべて知っているのだと思った。

「 綱手様…。…聞いたまま、でしたよ。 」

強くて優しくて、だからこそ何より脆く崩れ落ちてしまいそうで、それなのに

「 崩れかけても自分でまた組み立てようと、一人で立ち上がる。 」

そこにさしのべられた手を、少しずつ、少しずつ受け入れられるようになっている。

「 まるで昔のお前みたいだったろう? 」

女だからと甘くみないでと意地をはっていた、誰の優しさも、いらないとはねのけて。
いらなかったんじゃない、ただ怖かっただけ。
自分以外の存在が与えるものに、依存したくなかっただけ。

「 そうですね 」

そして、最初にさしのべられたあの手を

「 でも、 」
「 彼女はもう進み始めてます。 」

昔のはねのけていた頃の自分ではなくて。あの人から少しずつ学んだ暖かい手が、増えていくのを、怖がりながらも期待している。そんな頃の、
…彼女も、きっと





振られた手に軽く会釈して、廊下の奥に消えるまで見送った。何かを考えるように、惜しむようにテマリはどことも言わないただ一点を見つめていた。

「 なあ、もしも 」

弟が、あんな風にまだ母の胎内にいたころ
あの暖かな命に触れられていたら
もっと何かが変わったのだろうか。


ぎゅっと握りしめた拳を、シカマルが突然ひく。まるで、大丈夫とでもいわんばかりに強く優しく握る。


「 なんだ? 」
「 別に 」

なんでも、といいながらそのまま歩き出した彼を追って、少し引きずられるように小走りで隣につく前、密かにテマリは微笑んだ。
あたたかい。

「 シカマル、私は子供が欲しくなった 」
「 ぶっ 」
「 …最初は、女の子がいい 」

ニヤリと笑ったその顔に、敵わないな、と思いつつ「 次は男で二人がいい 」と言うと「 お前の希望は関係ないだろう 」と言われて、「 俺には関係あるつもりっすよ 」と呟きながらなんとなく虚しくなっていると、繋いだままだった手をぐい、とひかれた。

ひすいの瞳と目が合う。

「 まあ、いいかもな。次は男の子で。 」
「 …めんどくせー 」

少し照れたような顔をしているのはきっとお互い様だろう。
それでも繋がれたままの手を、少しだけ、かたく繋ぎなおした。


合わせた目は、今までと変わらないようで、確かに違っていた。
瞳の奥底に、ヤツ自身もきづいていないかもしれないくらい、強くて、優しくて、確固たる意志が座っていた。

寂しくもあり、なんだか嬉しくもあり、楽しみであり。そして、悲しくもあった。

それを見ながらも、気付きながらも、
決めてしまった互いの道が、少しでも繋がればいいと

そんな願いをこめたら、繋いだ手を離すのが怖かった。

他の者とすれちがう前に、離さなければならないのに、どうしても、相手の温もりが掌に残るのが怖くて。

残して消えていくのが怖くて。

みてみぬふりをしてほしい。みてみぬふりをして。

繋いだ糸は、いつかは離れるものだから。

せめて今だけは、
結び目にいさせて欲しい。





「 さて、どうするかな 」

五代目火影は前例のあまりなさそうな事態に、思慮をめぐらせていた。
もちろん彼女の中ではそれなりに気持ちの部分では答えは決まっている。だが、里というものを背負う人間だ。互いに里にとって大きな存在だ。気持ちだけで決められるものではない。

それでも

平行に並んだままの道は交わらない。交わっても直線ならまた離れていく。
なら、どこかで曲げてしえばいい。ねじってしまえばいい。

「 そろそろ、そういう時代かねぇ… 」

キィ、と音をたてて椅子を回す。
背にしていた窓から目を開けられないほどの光がさしこんで、思わず目を細めた。

紅の空が、赤く 啼く。





「 心地よい風ね。 」


門前でテマリを見届けたところ。ふいにかけられた柔らかい声とふいた風に振り向くと、紅は柔らかく、そして意味深に笑いかける。それに、シカマルは驚くほど柔らかい笑顔を返した。

「 そっすね。ちょっと強ぇけど 」

冷えますよ、戻りましょう。

泣きたくなった。
あの人の愛弟子の背中に、
かすかに香るような気がした あのたばこの香りに、
アスマ。

「 めんどくさい?強風は 」

その問いに、シカマルは答えない。ただ、ゆっくりと笑った顔と、しゃくった肩がひどく愛おしかった。
ねえ、アスマ

「 砂にも、木の葉にも 」

その声は小さく、誰にも聞こえない。けれど紅以外にただひとつの命だけが間近で聞いている声を、どうか現実に。
どうかこの子たちの世には


「 未来にも 」


どうか大事な彼らにも


「 現在(いま)にも 」


私よりももっともっと、心地よい風がとどくようにと。


「 ふき続ければいいわね 」


願いを託して




















母と女と忍と男

2008.07〜2009.04拍手掲載