真昼月姫
Bithday temari
風が、ふいていた。
月が消えそうなくらい細い姿を見せたまま、けれど明るすぎる月明かりで私たちを照らしていた。
私は彼の髪が羨ましかった。
黒くたなびく、闇の色。
砂地で生活する私と違って、水分を持ち、私よりも幾分か柔らかく、よく転げているからなのか、少し草の香りのするその黒い髪。
暗闇の中でも目立つことのない色。光に左右されない、その確固たる色が。
自分の髪色が嫌いだった。
金とも黄ともいえない砂の色。太陽に照らされている時は金に届かぬ色は褪せて見えるのに、月明かりではまるで金のように輝く。偽の金。
闇で密かに蠢く私には必要のない、夜の光に映える色。
偽の宝石なんて、いらなかった。
「 よぉ 」
片手を上げて門の前に立つシカマルと顔を合わせたのは何ヶ月ぶりだろうか。
中忍試験がおわり、砂と木の葉のパイプラインとして外交担当を勤め、二ヶ月に一度は訪れていたが、先月は後半期の外交引き継ぎの手続きの為に延期した。つまりおよそ3ヶ月。
こうして考えると、たいした時間はたっていないのだけれど、まぁ少し期間が延びただけで随分と会ってないような気がするというのは、それほどこの生活スタイルが自身に定着してしまっているからなのだろう。
9月初旬。
むせ返るような湿気と草のにおいは何処へやら、木の葉の里は少し乾いた空気がふき始め、木々の青々しさもおとなしくなり、三ヶ月前、早すぎだろうと思った蝉の声はほとんど聞こえなくなっていた。
また、蝉を見そびれてしまった。いや、正確には蝉時雨を体験しそびれてしまった。
それほど、私にとっては速い速度で、木の葉の里の季節はうつりゆく。
「 やっと夏も終わりだな…涼しくなってきた。 」
男はそういって空を仰ぎみて、頭をかく。それを見てから私も同じように空を見上げた。
「 、あ れ? 」
その、変わらぬはずの空に少し違和感を覚えて思わず声をもらす。そしてそのまま手を上にかざしてみた。
「 気づいたか?大分高くなったよなぁ、空 」
シカマルはそんなテマリの様子をみて少し笑って、また空を見上げた。
空が、高くなった。
ああ、そうか。言われて見れば確かに。少し遠く感じる空と、えらく近い自身の手。
「 …お前も、また背がのびただろう。 」
「 そうか?計ってねぇから知らねーけどよ 」
成長期というものは恐ろしいものだ。ものの三ヶ月の間に、確かにシカマルとの顔の高さは変わっていた。その目を見るための、苦労が少し増えた。
空が、高い。
上げていた手をおろして、太陽にかざしていた掌をみる。白い掌には何も、ない。
…高くなって高くなって、そのうち届かなくなって、そして自分からじゃ見えなくなるくらい高くなって、消えていくんだろう。
いまだ空を仰いでいるシカマルの、年不相応な大人びた横顔をみながら、テマリは思う。
この男はまだまだずっと、私より高いところに達するのだろう。
私がこうしている間にも、男はずっと空をみているから。
「 お。おい、あそこ。ほら見えるか? 」
ふいにシカマルがテマリの顔の高さに自分の顔を揃え、空の一点を指差した。
そのシカマルの目線と指先をたどると、白く、うっすらと月が見えた。
「 つき? 」
「 そー。 」
「 昼間に月なんてみえるんだな。 」
「 昼間に見える月ってのは、太陽に近ければ近いほど、やせ細って見えるんだとよ。
だから見つけづらいけど、いつもどっかにあるはずなんだよな。結構見つけられるもんだぞ? 」
「 そりゃあお前みたいにバカみたいにいつでも空みあげてればな。 」
太陽に近ければ近いほど、細く見える。だから太陽の光でかき消されて、ますますみにくくなる。
シカマルが雲のようだと幾度思ったか知れないが、私は風であり、まるで昼の月のようだとも思った。
太陽とともに高く空へ上る雲と、太陽に近づくほど、その姿を消していく真昼の月。
太陽の光で色褪せていく自身の髪と、そっくりだと思った。
火影様への報告がすんでから、シカマルが時間があるなら、というので彼の特等席とやらに行った。
そこは空が近くて、でも逆にますます空が高く見えて、男が寝そべるベンチがひとつの他には何もなくて、まぁなんともシカマルらしい場所だった。
髪の話をした。
お前の髪が、羨ましいと。
「 そうか?俺は好きだぜ、あんたの髪 」
この里では珍しいからな、と答える。そうじゃなくて、と
「 夜みるとキラキラしてて 」
うん、そう。月明かりに照らされると偽りの輝きを身にまとって輝く。
「 月明かりってのは元をたどれば太陽の光だろ?月そのものは発光してるわけじゃねぇんだし。 」
言われて見れば、そうか。何だか最近シカマルの言葉で気づくことが多くて嫌になる。
自分じゃ何も見えていないみたいな、それとも、まるで彼が言ったから気づいたみたいな、そんな
特別な、言葉に聞こえてしまって。
日が暮れてきたので宿へ向かった。シカマルはあの場所に私を連れて行っておきながら、特別何をするわけでもなく、ただとりとめのない会話を、ぽつりぽつりとかわしただけだった。
それが不快だったわけでもなく、会話しているよりも数段長い沈黙が、妙に心地よくて、夏のぎらぎらする日差しもない、高く、少し色が薄くなったような空をみながら、風を感じていた。
シカマルの特等席は、よく、風が通るところだった。
宿の前まで到着し、どうせまた明日火影室で顔を合わすのだからと思いながら、他に何か言うことがないかよく考えてから、じゃあと告げると、シカマルはいつものように片手を上げかけて、言葉をつむぐ。
「 っと、忘れるとこだった。コレ。 」
シカマルから手渡されたのは小さな紙袋だった。特別飾り立ててもない、ただの茶色い紙袋にプレゼント用のシールが貼られただけの、簡素なもの。
ずっとポケットに入れてあったのか、それともずっと握っていたのか。紙袋は中身にそって大分くしゃりとゆがんでいて。
「 誕生日。遅くなったけど。 」
シカマルはそういうと少し照れくさそうに顔をうつむけて首の後ろをさする。間が持たない時にするシカマルの癖だ。
誕生日なんて、もう2週間も前のことだ。
砂では特別贈り物をしたり、席を作ったりして祝うようなものではないから、当日をすぎれば忘れていた。だが、どうやら木の葉では周囲から祝福される日であるらしい。この男もその習慣に逆らわず、わざわざ贈り物を用意してくれたというのだ。
すこし浮き立つ心を抑えて、出来るだけいつもどおりの声で、覚えていたのか、あけてもいいか、と問うと、おう、期待はすんな、めんどくせーから。といつもより小声で返ってきた。
紙袋のシールを丁寧にはがして開けると、中から出てきたのはガラス製の砂時計だった。
上下の板が木で出来ていて、細かな細工がしてあるが、全体的には包装の紙袋等しく、シンプルなもので、それでも悪い気は全くしなかった。むしろ飾り立てたものよりか、よっぽど良いものだということがわかる。
「 さがすの苦労したんだぜ?それ。 」
シカマルは鼻の下を少しこすりながら、テマリの手から砂時計をひょいと取り上げると、宿の玄関先から離れて、少し暗い道に入り、それを上へとかざしてひっくり返した。
さらさらと、おちていく砂が月明かりでまるで小さな小さな宝石の集まりのようで、天の星屑のようで、とても、とても綺麗だった。
「 アンタの髪に、一番近い。 」
何がとも、それが、とも言わなかったが、ふりかえってくすぐったそうに笑った顔は、昼間の横顔とはうってかわって、サプライズが成功したような、純粋な喜びがすこし見え隠れしていた。
その顔をさせるくらい、きっと私の顔も自分で思っているより、明らかな表情がでていたのかもしれない。
「 綺麗だ。 」
「 だろ? 」
「 …それは私も綺麗だということか? 」
「 ―、アンタの髪、な。 」
少しからかってみると、ほんの少しだけポーカーフェイスを崩した男は苦し紛れに言い訳をして、小さく口癖を吐いて、私の手のひらに砂時計を戻した。
それをもう一度天へかざす。
きら、 きら
さら、 さら
落ちていく砂は、煌きながら、落ちて。落ちると闇に姿に変えて、また輝く時をまつ。
ああ、
「 じゃ、誕生日おめでとう。 」
めんどくせーけど、また来年も祝ってやるから
照れくさそうに言った少年はくるりと背を向けて月に向かって歩き出した。その後ろ姿を、呼び止める。
「 シカマル、ありがとう。 」
来年も、期待しているよ
できるだけ心のままに、気持ちのままに言葉を告げる。シカマルの顔はよく見えなかったけれど、踵をかえしながら、首の後ろをさすっていた。軽く上げた片手が、いつもより少し、高かった。
宿の窓際に砂時計を置いてみる。ちょうど月が見える。部屋には月明かりと、砂時計のきらきらとした影が差し込んでいた。砂時計の高さで座ってみる。月が少し笑った気がした。
影がのびる。私の髪も今、きらきらと している だろうか。
未来を口にするのも、空の高さに気づいたのも、
月の光の真実に気づいたのも、
…すこしだけ、自分の髪が好きになれたのも。
お前のおかげだ。
砂が落ちきった砂時計を、あと一度だけ、とまたひっくり返した。
遅ればせながらテマリさんお誕生日おめでとうございます。真昼の月には「天邪鬼」といった意味もあるらしいです。
2007.09.03 ![]()