【 傷だらけ 】 ネジテン




「 ネジ… 」

「 …テンテンか 」

体が動かない。左手は力の入れ方もわからないくらいに麻痺している。
神経はつながっているのか、とも思うくらいだ。
右腕はかろうじて肘を曲げることができる。…上体を起こすことはできなそうだ。


目が覚めた、一番初めに見えたのは白い天井。一番初めに聞こえたのは隣でりんごの皮をむくシャリシャリという音。

「 ネジー!!これは!ガイ先生に伝えなくては!! 」

目を覚ました俺を見るなり大声でさけんで、大げさに涙を流しながらドタバタとリーは部屋を飛び出していった。
どうやらここは木の葉の病院。おそらく…任務は失敗。なぜだかそんな気がした。
うちはサスケのチャクラを感じない、というのも理由のひとつではあるが、なぜかそう 思った。
カレンダーをみやる。…俺は随分と眠っていたようだ。

「 ちょっとリー!病院なんだから静かにッ!! 」

りんごをおいて、片手にナイフをふりあげながら飛び出していったリーにテンテンが叫んでいる。
そういうお前もナイフは置いておけ。そうは思いつつ、ふと気づく。

「 テンテン、それは 」

カレンダーを見た限り、俺たちが任務に出てから一週間近くたっている。
その間俺は眠っていたのだから当然といっては当然だ。
しかし、彼女の左手首に白い包帯が知らぬ間に巻かれていることに、なぜか自然と眉がしわを寄せた。

「 あーこれね 」

俺が眠っている間に危険な任務でもあったのかと聞こうかとも思ったが、俺がそれを聞くのもなんだかおかしい気がしてやめた。
テンテンはいつもと同じ比較的明るい声で、答える。
聞きなれた声がりんごを切り分ける音と共に耳に響く。
あまり人の声を聞くのは好きではない。
けれど、なんだか彼女は妙に落ち着く声をしているような気がする。

「 ちょっと、さ 」

テンテンはあいまいに言葉を濁した。彼女がそんな答え方をするのは珍しかった。
いつもハキハキとした声で、物事においてはなんでもハッキリと白黒つける性格だったから。

「 なんだ 」

妙にイライラしてもう一度、返答をせかした。
しかし、テンテンはそれきり黙ってしまった。寝たままの俺からは少し向こうを向いてしまったテンテンの顔は見えない。
わずかに左頬と耳と、いつものお団子が見えるだけ。


「 テンテン? 」

「 ネジが… 」

呼びかけにやっと発した声は少し、震えているように思った。


「 なかなか、目 覚まさ、ない から…っ… 」


しゃくりあげるような音がして、テンテンは言葉を区切りながらも、向こうを向いたままだ。
泣いているのか、と思ってから再び思う。なぜ、泣いているのか。


「 テンテン? 」


俺は再び疑問符をつけてテンテンを呼ぶ。動けない体をこんなにも憎らしく思ったこともない。
できるだけ首をテンテンに向けるが、テンテンの顔は頬すら見えなくなってしまった。

いつもなら白眼でどこまでも見渡すというのに

どうして今 君の顔をみることができないというのか
どうして俺は 君をみることができないのか
どうして俺は 君の心をみることが、できないのか



「 心配、した…んだから、ね… 」

くるりと向こうを向いてしまったテンテンの背中を見ながら震えるお団子がだんだん下がっていくのを、止める術がなかった。


「 …すまない。 」


言って自分で気づく。なぜ俺は謝罪した?なぜ俺はこんなにも右手を握り締めている?
なぜ、こんなにも



「 お願いだから 」



テンテンがこちらを向いた。そのまま俺のベッドに頭を伏せる。
一瞬見えた大きな目は、予想通り大粒の涙をためていた。
予想通り、はおかしな言葉だ。俺が彼女の涙を見たのはこれが出会って以来初めてなのに。



「 無茶…しないで 」



震えるお団子を、とめたかったのかどうか俺にはよくわからないが
ただ、勝手に右手が彼女の頭に触れる。
自分から彼女に触れるのも、これが初めてかもしれない。
彼女から腕を引いてきたりすることはあっても俺から彼女に近づくことはない。
触れた髪は自分のものより柔らかく、ふわっとした感じだった。

しばらくテンテンはそうしていた。
俺はかける言葉が見つからないというよりも何も言うべきではないような気がして、そのままテンテンの頭をなでていた。
そうすべきだったのかはよくわからないが、無意識のうちに右手はゆっくり彼女の頭の上を往復していた。

そして、幾分かたった頃、気づく。
規則正しい寝息が聞こえてくることに。

それを確認すると、なんだか気が抜けたような気がして、右手を下ろす。
それとほぼ同時にリーとガイ上忍がバターンと音をたて、「ネジー!!」と暑苦しい涙をふりまきながら病室に入ってきた。
なぜかあわてて右手を彼女から遠い位置に置いた。

「 おや、テンテンは眠ってしまったのですか 」

俺の顔を確認した後、リーはベッドに伏せるテンテンに気づく。
「ああ」と答えると、やっと落ち着いたのか、ガイはリーの横に並んで腰に手を当てた。

「 無理もない。ネジがいつ目を覚ましてもいいように、と任務があっても終わるなりすぐココに来ていたからなー 」

ろくに寝ていなかったですもんね、とリーが付け加える。ああ、そうか。それで

「 珍しく怪我なんかしているのか 」

そういうと、リーは少し驚いた顔をしたが、ちっちっち、と人差し指を顔の前で横にふった。

「 違いますよ、テンテンのその怪我は… 」






― もっと、もっと ―

― ネジの力になれたはずなのに ―

― 今 私にできるのはネジの無事を祈るだけ!! ―


運ばれてきた俺の姿を見て、治療室に入っていくシズネさんを見て、
走り回る医療班や、戻ってきた砂の忍、リーやナルトたちをみて
テンテンはそう取り乱したらしい。
そしてガラスを力いっぱい殴ったのだそうだ。
続けてクナイで自分を傷つけようとしたところをなんとかリーとガイがとめたらしいが、
テンテンはそのまま泣き崩れたそうだ。


― 私は ―

― どうして私は ―

― …くやしい。強く、なりたい。 ―

― 守られてばかりで ―

― 痛い。 ―

その後 治療しようとした医療班も断って、テンテンはその腕が自然治癒するのを待っているらしい。
腕の痛みはこの胸の痛みなのだと
腕の痛みを忘れないことで この悔しい思いも忘れないのだと






「 …… 」

俺はその話に出す言葉がなかった。
何も思いつかなかった、というわけではなくて、リーやガイ上忍に何か言わなくてはならない、という考えがなかった。
ただ、かすかに見えるテンテンの少し赤くなった閉じられた目と、規則正しく響くといきとともにゆれるお団子を、見つめていた。

何を、思ったわけでもない。
けれど、なんだか無性に


「 …リー 」


ネジの様子をみるなりガイはリーをつれて病室を出た。
リーはなぜかを言われなくても、名前を呼ばれたときに気がついた。
二人きりにしてさしあげなくては。
パタン、と扉が閉まる。

それでもネジはお団子から目を離さなかった。


無性に、
その細い肩が、
その細い腕が、
白く巻かれた包帯が、
その、



「 …ネジ… 」



テンテンがか細くネジの名を呼ぶ。
もう少しでお団子に触れるところだった右手を、そのまま宙に止める。
そのまま、また右目から流れ落ちた雫を
俺はどうする術も持たなかった。


寝言だ。
だから、彼女は寝ているんだ。

止まってしまった右手は、向かっていたお団子頭を無視して、その白い頬に触れる。
くすぐったそうにテンテンは身をよじった。

今度は顔がほとんど見える。
こんなにしっかりテンテンの顔を見たのは初めてかもしれなかった。


白い肌はいつもうるさく言うだけあって、透き通るくらい綺麗で、
連日の寝不足なんて感じさせないくらいで
だけど、オデコにひとつニキビができていて、
それが確かに存在していて。

細く糸のように音をだすその唇は
何を塗っているわけでもないのにうっすらと桃色だ。
少しだけ、荒れている。

閉じられた目は、少しだけふちが赤くはれていて。
ああ、泣いたのは今日だけではないんだろう、と思わせて
長い睫毛が震える。


ああ、 なぜこんなに
なぜ、こんなに無性に



お前が愛しい。


ネジはテンテンの頭に右手をおいて、目を閉じた。






それから1時間ほどして、目を覚ました。


「 ネジ、ごめっ… 」


いいかけて、テンテンは綺麗なネジの白い瞳が閉じられていることに気づく。


「 …ネジ…? 」


ネジは答えない。


「 ちょっと…ネジ! 」


思わず肩につかみかかったテンテンに、驚いてネジは目を開く。

「 なんだ、テンテ… 」

ネジの顔を見るなりテンテンはまた、顔をゆがめた。

「 よ、かった…目が覚めたの…夢じゃ、なかったんだ… 」


何度も何度もみたの。
ネジが目を覚ます夢を
なのに夢から覚めても
ネジは全く動かなくて


「 …お願い、だから… 」


もう、無茶しないで

私の知らないところで
そんなふうに傷ついたりしないで

私が知らないところで
居なくなったり、しないで




「 …その言葉はそのままお前に返す。 」


ネジの言葉にテンテンは覆っていた両手を顔からはずして、顔をネジに向けた。


「 俺が居ぬ間に 」


ネジの右手がテンテンの白い包帯の腕へ伸びる。


「 …傷 」


そっと痛まないように握る。そのまま自分の口元へ近づける。
白い包帯が、ネジの白い頬と並ぶ。
いつもより血の気のないネジの肌がどれだけ白いかがわかってしまう。

ああ、だからあの時テンテンは泣いたのだ。
自分のために、
俺のために
泣いたのだ。


「 つくな 」


ネジの唇が動くのが腕に直接伝わる。

いつも無表情か苛立ちしかあらわさない彼の顔が
綺麗な顔をゆがませて
痛そうな、切なそうな
そんな、色を 見せた。

腕から熱が広がって、
心臓が、一気に飛び上がって、
顔が真っ赤になるのがわかる。


「 え、と ネ… 」


腕を引こうとするとネジは包帯の腕をはなして、すばやく反対の腕を強く引く。
テンテンが反動に耐え切れずにネジの上へと倒れこむ。
傷口はふさがっているものの、ネジの肩に触れないようにと、とどまろうとするテンテンを、
ネジはさらに強く引いた。

乾いてしまったリンゴと反対に
乾ききらない心は
温く、キミを求める。



「 これは 」



テンテンが倒れる。ネジはそのままテンテンの頭を肩へ押し付けた。



「 忘れぬための 」


痛み。


「 お前の 」


涙を、
傷を。


お前 へ の
この、想いを。




俺のために泣いてくれるお前が

もしも俺の知らぬところで

傷ついたとしたなら

誰が泣いてくれる。

誰が泣けばいい?

俺は泣くのだろうか

泣けるの、だろうか

けれどただ今は

それが訪れないことを
祈るのみ。



傷だらけの体を

心を

ただ、





ネジテンなら絶対書こうと思っていた奪還作戦後のお話。色々書きたくて長くなってしまいました。
最初は「生死」のテーマで書こうと思ってたんですが、話が進むうちにこっちの方がいいかな、と思って変えました。
ネジ視点でいってみましたが…こんなのネジじゃない!と思われた方、すみません。
私もこんなのネジじゃない!と思いながら書いていました。やっぱりネジは難しい。

2006.8.30