おいしく甘い食事を君と
「 結局どういうことだったんだ 」
そう問い詰める女は、なぜか胡坐をかいた自分の目の前で、仁王立ちしている。
有無を言わせぬその瞳は、思わずシカマルに苦笑いをさせた。
思っていたよりはやく、その後2人は再び顔を合わせた。
テマリが砂里に戻って一週間もしないうちに木の葉への遠征任務が渡されたのだ。
いつもの通り出迎えて、いつもの通り任務をこなし、いつもの通りテマリを宿に送る前に茶屋に誘い、シカマルは何気なく自宅へ招いた。それはいつものことではない。
テマリが奈良家に入る。それもいつものことではないが、初めてのことでもなく、夕飯の支度をしていたヨシノが怒鳴る声を途中でやめて、あらいらっしゃいテマリちゃん。久しぶりねーとにこやかに迎えてくれたのに、テマリは軽く頭をさげて、お邪魔します、と告げた。
ただ、テマリがシカマルの部屋に入るのは初めてだった。
テマリが予想したとおりの簡素な部屋は、想像していた「男の部屋」よりは小奇麗で、弟たちの部屋とはまた違う匂いがした。
( ここが、こいつの育った場所 )
奈良家に初めて入ったときよりも、いけないことをしたような気持ちにかられた。人の領域に踏み込んだ。
それは同時に自分の領域に相手を踏み込ませたと同じような感覚がして、ひどく不安になる。
しばらく何気ない話をしていると、ヨシノが夕飯を食べていけと(半ば強引に)すすめるもので、テマリはそのまま甘えることになり、手伝うというタイミングも隙も残さず喜びながら踵を返したヨシノの声に再び呼ばれるまでの間、暇をもてあますことになったのだ。
そして、各々テマリはベッドに、シカマルは壁に背を預けて、資料や本を読み始めた。
部屋の中はひたすらに沈黙だったが、どちらもそれを不快に思うことは無く、それが彼らの常であるので、そのまま静に時はながれるはずだった。
ふと、テマリがため息をつき、資料から目をあげた。読み終わったのだろう、手持ち無沙汰になったテマリは、ふと自分と垂直の位置で壁だらしなく背をあずけながら、それでもその眼光だけは強烈な集中力を保っているシカマルをみつめた。
手に持っているのは将棋の本だ。将棋など、今の若いものには不釣合いな趣味をもつこの男は、真剣にそれに魅入っている。もしかしたら、今まさに手のバリエーションを増やし続けているのかもしれない。
それは不釣合いといいつつも、時折男を将棋を打ち合うテマリにとって防ぎたい事態だった。それでなくとも男の戦略はやっかいなのだ。からめられていないと思っていた部分が絡めとられていて、そこからすべてが崩れ落ちる。
( 戦なら、確実に死んでいる )
そう思うほど、テマリはシカマルの回転の良さを身をもって実感している。
ふ、と先日シカマルの腕に絡み付いていた少女を思い出す。
正直に、口も交わしていないのに人間を判断するのは自身も好まないが、はっきりいってこの男とそれなりに将棋を打ち合い、楽しめるほどの能力をもっているようには見えなかった。(まあ、見た目で言えばそれは男も同じだ。だからもしかすると、彼女はとても賢い人間なのかもしれないが、それはそれだ。)
別れた、といった。
それはつまり、確かに「恋人」という関係性をもっていた、ということだ。
例えそれが「お試し」であろうと、事実は事実。
その事実をはっきりと認識すると、テマリの中に口に表せないうねるような不快感が生まれる。
それは嘔吐をもよおす前の感覚にも似ているし、それよりもっと奥の、ずっと奥の、痛みであるようにも感じる。
ただ、まだその感情の正体を知らないし、気づきたくないテマリは、それを単なる「苛立ち」として解釈する。
「コイビト」であったなら、彼女もこの家へきて、ヨシノさんに笑顔で迎えられ、シカクさんとも食事をとり、その後には縁側でこいつと将棋をうちあったりもしたのだろうか。
「コイビト」であったなら、こんな風に部屋に落ち着いているときも、今のように沈黙でなく、話して笑いあって触れたりじゃれあったり、したのだろうか。
ぐる、ぐると渦巻く思考を、だからなんだと、と強い抵抗の言葉を無理やり頭に浮かべて消し去る。
こんなに「苛立ち」を感じるのは結局あれがなんだったのかがわからないからだ。
あれというのはあの出来事、そのもの。
コイビト も
あの少女 も
お試し も
別れた理由 も
自身のこの感情も。
一度ぎゅうとつぶった目を、開いた時の翡翠の瞳は、強い意思をもっていた。
そして、現在に至る。
読んでいた将棋の本をくたりと胡坐の足の中に落とし、シカマルはテマリを見上げて苦笑いをした。
具体的に聞いてくるとは思わなかったのだ。いや、少しは考えたが、会ってからまるで何も反応がないから、少し寂しいような、でもそれよりも安心していた。
「 説明しろ。でなければスッキリしない。 」
そういうテマリはしゃがみこみ、眉間に皺をよせて何かにいらだっているようだった。
その眉間の皺を至近距離でみながら、シカマルはぐるりと思考をまわす。
聞かれなかったことに安堵していた。思わず行動に移したあの言葉の意味に、深入りされなくてひどく安堵した。
ただ、彼女を無意味に色々誘ったのは、どこかに聞いて欲しいという意思があったのかもしれない。
ひきとめて、出来るだけ長く一緒にいて、そのチャンスを作ろうと、
そして変えたくないが、すすめたいこの関係に変化をつけたいと願っていたのかもしれない。
そうたどりついて、シカマルはふっと静かに笑う。
「 何がおかしい? 」
「 ちげーよ、嬉しい 」
その答えにテマリはますます皺を深くして「不明確だ」という顔をする。
その顔に、シカマルはますます笑みを深くする。幸せそうに、深い笑顔を作ってテマリの頬をそっと両手で包む。
その手に一瞬ひるんだテマリだが、そ、と自分の手をさらにその年下のくせに大きくてごつごつした、そのくせ妙に綺麗な手に重ねる。
「 なにが、嬉しい 」
心ばかし赤くなったような顔で、少しすねたふうにテマリが睨む顔を、シカマルは気に入っていた。
「 アンタが苛々してること…っつったら怒るか 」
「 当然だ。私をそんなに怒らせたいのか 」
「 いや、勘弁してください 」
少しぞっとした背筋を伸ばして、壁から離す。
めんどくせーは増えるのに、めんどくせーが口から出てこなくなる。アンタといると。
「 言っただろ、 」
好きな女のそばにいるために、別れた
「 どうしても、ってしつこくて、断んの面倒で、お試しで少しだけ!っつーから 」
「 …それできちんとお試しを終わりにしなかったんだろう。 」
「 …おっしゃるとおりで。 」
「 傷つくぞ。 」
意外な言葉だった。「またお前は」とか「適当にするな」とか自分に対しての言葉がくると思ったから。
相手を思う言葉がくると、思わなかったから。
”優しいだけが優しさじゃないんだぞ。”
そう目が言っていた。
知っている。それはアンタに教わった。
でも知っているだけで自分に吸収できていない自分はひどくガキだ。
「 …ああ、傷つけた。 」
実際別れを突然切り出した俺に、ひどく怒りと悲しみと、そしてどこか知っていた諦めを女は隠すことなくぶつけてきた。大きな罵声と泣き声と、真っ赤な目と顔と、腕と 体いっぱいで。
でも、最後に無理やり笑った顔が、それ以上に辛かった。
「 泣かせたか 」
「 結構 」
「 罪な男だな 」
「 泣いてないけど、傷ついたやつもいた 」
その言葉にぴくりとテマリが反応する。シカマルは頬に手を添えたまま、ピタリとテマリの額に自分の額をくっつける。
ゆっくりと目を閉じても、その翡翠の目が見つめている気がした。
「 …自惚れるな 」
小さく小さく吐き出したテマリの言葉をしっかりと視覚を遮断した世界でかみ締める。
声色から、少し拗ねたような顔が、瞼に浮かぶ。
くすりと笑うと重ねられた手で甲をつねられる。
「 いて 」
「 何がおかしい 」
思わず目を開けると、テマリはさっとシカマルの手をすり抜けて立ち上がる。
その耳が少しだけ赤いことに、シカマルは満足げにまたひとつばれないように笑う。
「 シカマルーテマリちゃーん!降りてらっしゃいー! 」
「 お、テマリちゃん来てるのか。 」
「 父ちゃん!!つまみ食いしない!帰ったら手洗う! 」
「 ハイ 」
その途端ヨシノの楽しげな声とシカクのやりとりが聞こえて、どちらからということもなく、2人は顔を見合わせて笑った。
「 …で?私のそばにいたい、ということだよな? 」
下へ降りようとドアに手をかけた瞬間、後ろからかけられたすこしにやけたような声に
予想外だったシカマル軽く見開いた目をテマリに向ける。
ニシ、と楽しげに笑った笑顔をみて、(やっぱりこの顔が一番気に入っている)と思った自分を、シカマルはかなり重症だなと思う。
「 自惚れんな 」
に、と真似た笑顔で笑いかえすと、テマリはきょとんとしてからまた花が咲くように、笑った。
2人して声に出して笑いながら、(この笑顔も)と思ったシカマルは、自分をメンドクサイと思いながら、それもいい、と扉を開く。
それでもいい。そんな面倒な自分が増えていくのも、それすら、嬉しい。
後ろに続き、階段を降りながら「あの子も来たのか?」とテマリが聞くと、シカマルは「何が」と振り向かずに答える。
「家」と短く答えるテマリの声色はいつもと全く変わらないけれど、
「 あんただけだよ 」
自分の意思で家に誘って、自分の意思で部屋にあげて家族と食事をとって、一緒に将棋をうちたいと思う相手は。
そう告げると、「そうか」とやはりいつもと変わらない、だけどどこか丸いような音の声が返ってきて、
なんだか妙に嬉しくて、ふわふわとした気持ちになった。
それはテマリも同じようで、下におりると、ヨシノに「どうしたの、何かいいことあった?2人とも」といわれ、
シカクに「なんだなんだ幸せそうな顔しやがって!ほら、幸せついでに腹を満たそうぜ」と大げさな笑い声とともに促されて席についた。
ヨシノの隣にテマリ。シカクの隣にシカマル。そして2人は向かい合って、笑う。
「 いただきます 」
ごちそうさま は、まだもう少し先の未来。
五万打、そしてダウンロード、ありがとうございました。
少し甘めのつもりでしたが…いかがでしたでしょうか。これからも宜しくお願いいたします。
2008.11.02 coe