気づいて
「シカマル、飯行こうぜ! どうせ暇だろ」
「どうせ暇だってばよ!」
終礼を終えたばかりの教室に乗り込んできたキバとナルトは、揃って俺を誘いにきた。自分が明らかに暇人部類なのは認めるが、それを同じく暇人部類に所属するお前らに言われたくねぇよ、と内心で思ったがあえて口にはしない。まぁ結局はこのまま家に帰ってもやることねぇしってことで、付き合うことにした。
キバが「最近見っけたいいとこあんだよ」と言って案内したのは、外見はおしゃれなレストラン風味の居酒屋だった。キバが来るにしては珍しい店だ。というか似合わない。どうせ同じクラスで、日向主将のイトコのヒナタと一緒に来るために目をつけてた店で、今日はその下見ってところだろうな。いい感じに利用されてる。店内はそれなりの賑わいを見せていたが、居酒屋にしてはどこか大人しい感じの雰囲気だ。
「へぇーよくこんなとこ見つけたなキバ」
「結構いい感じだろ? なんか大人っぽい感じでさ」
「うんうん、キバに似合わねぇってばよ」
「お前に言われたくねぇ」
いくら雰囲気がこれだからといって、こいつらがこの調子じゃ、ムードもなんもねぇな……。店の雰囲気にもっとも合ってないダチ二人を見ながら、俺はさっさと自分含め三人分の注文を適当に頼んでおく。注文を言い終えた俺は、そのままテーブルに突っ伏す。ナルトとキバの馬鹿でかい会話を聞きながら少し寝そうになっていた。
「おまたせしましたー」
店員の声で、顔を上げた。テーブルに置かれていく食事を見て、
「おー、きたきた!」
「あれ、いつ頼んだっけ? ……まぁいっか」
それぞれの感想を漏らす。
会話は、「補習の呼び出しをどう回避すればいいか」から始まり、
「適当に言い訳を作りゃいいだろ」「それが思いつかねぇから相談してんだよ」「キバだけサボりとかズルイ、俺もサボる!」「俺にはちゃんと理由があんだよ」「へぇ、どんな」「……ヒナタが見たいつってた映画のチケット取れたから誘おうとしてた日がその日だ、から」「ふーん、デートか……協力してやってもいいってばよ」「その言い方すげームカつくな。つーかそんなんじゃねぇって」「終礼終わってからダッシュ、とか」「お前馬鹿か、校門前で張ってんだろうが、シカマルんとこの担任が」「じゃあシカマルから見逃してもらえるように、うまぁく説得してくれってばよ」「無理、俺も補習呼ばれてる」「つかえねぇー!」「つか学校休めばいいだろうが」「あー、その手があったってばよ」「むりむりむり、絶対親に殴られる」―――。
ぐだぐだ話しているうちにテーブルの上のものはすべて平らげられていて、なんかまだ足りねぇよな、とキバがメニューを見ているときだった。
「いらっしゃいませー!」
偶然だった。俺がたまたま店員の声につられたのかそうじゃないのかは定かでないとして、ふいにその声の方を見てしまった。ぞろぞろと店内に入ってくる男女合計六人。その群れの一番最後、無表情で、見慣れた顔で、四つ結びの金髪が俺の視界を流れていく。なんでこんなところに、というより、なんだこの状況。
「ん、あれってば、武道部のマネージャーだってばよ」
メニューを見ていたキバも、ナルトの発言に反応して顔を上げる。指で指された先には、最後尾の顔見知りの右隣に二つの団子頭、マネージャーテンテンの後ろ頭が見えていた。四つ結び金髪の左隣にはピンクの派手な髪色。どれもこれも全部、心当たりがあった。
「何してんだろ、気になるよなぁ」
「俺も俺も! ちょーっと覗きに……」
「馬鹿やめとけ、あそこにいるの全部関わるとめんどくせぇやつらばっかだぜ」
「シカマルの知り合いかよ」
「こいつ、何かと女の知り合い多いんだよな」
「シカマルってば、やらしーの」
こいつらの冷やかしももはや脳に響いては来なかった。それより、どういうことだ。あそこにいるのは確かに俺の間違いでなければテマリで、あのピンク頭は音高の多由也だ。その向かいに座ってる男どもに関してはまったく知らない。これじゃまるで、合コンじゃねぇか。
―――合コン?
そういえば少し前に数合わせに呼ばれてとかどうとかってテマリが言っていたが、それがあれか、もしかして。自然と目はそっちの方向を見てしまう。俺はあいつの彼氏でもなんでもなくて、ただ部活帰りに奢らされるっていうだけの、そういう関係で、でも無性に、―――気になるのはなんでだ。
こっちの馬鹿でかい会話に負けないくらい向こうもそれなりに盛り上がっていた。会話は途切れ途切れ聞こえてくる。主にしゃべってるのは男の方で、テンテンは適当に会話を交わしつつ食べてるし、多由也の口の悪さは相変わらずで男側が少し困惑していた。そしてテマリは、あいつの声は一切聞こえなかった。こっちからは後ろ頭しか見えなくて、どんな表情をしてるのかもわからない。
「シカマルってば、さっきからずーっと視線あっちだってばよ」
「気になる女でもいるんじゃねーの」
「へぇー」
「シカマルのウーロン茶にレモン入れてやろうぜ」
男のほうは興味ありで質問していくも、テマリはたまに頭を縦に振ったり横に振ったり、動作だけであとはずっと沈黙だ。
結局最後まであいつは何も言葉を発さなかった。最後までそっちに夢中になっていた俺が振り返ると、そこにナルトとキバの姿はなく、伝票を机の上に残したまま伝票に小さく「奢りっつーことでよろしく!」「女遊びばっかしてんじゃねぇってばよー」とメモ。やられた。伝票を握りつぶして、氷の解けたウーロン茶を飲み干す。口の中に想像していなかった変な味が広がって、飲み干したあとにむせた。かなり気持ち悪い。あいつら、やりやがったな……。
レジで三人分の会計を済ませ(財布の中身が数十円しか残らなかった)、急いで後を追う。ちょうど集団は居酒屋を出たところで、三組のペアに分かれていた。多由也につき合わされてる男は完全に泣き顔がにじみ出てるし(すっかり従わされている)、テンテンは「まだまだこれからよ! 次行きましょ!」と酔った足でふらつきながら叫ぶ(きっと日向主将とまた何かあったのだろう)。テマリは「気をつけなよ」とこの時初めて声を発して、そのまま一人で帰ろうと歩き出す。そのあとを追う残り物の男。さっき質問ぶつけまくっていたやつだ。
「ねぇねぇ、この後カラオケとかどう?」
「うるさい、いつまでも付きまとうな」
「つれないなぁ」
男の手はテマリの手首をガッとつかんだ。けれどそれに動じず静かに、
「離せ」
一言。
「おー、恐い。そういう強気な子、オレ結構すきなんだけど」
「離せって言ってるだろう、お前は耳が遠いか」
テマリのその言葉に男のスイッチが入ったのか、つかんだ手首を引っ張ってブロック塀の壁に押し付ける。あ、やばい。
「いつまでもやさしくなんてしてやんないよ? いくら強気でも女の子が男に勝てるわけないっしょ?」
「うるさい、いいかげんにっ、」
さっきの「あ、やばい」はテマリの危機では、ない。
つかまれていないほうの手でテマリは相手の胸倉をつかむ。目の色が、試合のときと、同じだ。テマリが男の足を引っ掛けてバランスを崩させ、開放された手で横腹あたりをぶん殴ろうとするその一瞬前に俺は飛び出して、その間に入る(止めきれずにテマリの一発を食らった)。
「な、奈良? お前何してるんだ、こんなところで」
「いってー……。ちょっとは手加減しろよ、一般人相手に……」
男はテマリと俺を二度見たあと、後ずさりしてそのまま去っていった。
「……大丈夫か?」
「ちょっと、無理、かも」
「悪い、気づくのが遅かった」
「いや、いいって……」
その場に座り込んで、横腹を押さえる。女ってのはほんとに、おっかねぇ。普段組み手慣れしてるものの、痛いもんは痛いのだ(それに加えて食後)。テマリは座り込んだ俺の隣にしゃがんで、背中に手を添える。ああ、格好悪い……。
「助けに来たくせに、守る相手にやられるなんてな。―――でも、格好悪くなんかないよ」
手はまだ背中に添えられたまま。テマリは最初から、俺がいたことを、知っていた。
「つかお前、なんつー格好してんだよ」
だいぶ痛みが引いてきたころに、先ほどから一番気になっていたことを言う。テマリは薄い黄色のキャミソールに短パンという、露出多めな服装だった。男受けしない服装で、と言っていたのはどこのどいつだ。それじゃ気合入れまくって誘ってるようなもんじゃねぇか。
「これは全部多由也に着せられた」
「めんどくせぇことを……」
「別に、私がどんな服装でいようとお前には関係ないだろう」
関係ない、ねぇ。そういや俺はこいつの彼氏でもなんでもなくて、ただの知り合いで、なのにどうしようもなく。
「他の男に見られるの、落ち着かねぇんだよ」
そらこ様より。2006/9/3
不意に突かれた笑顔に対して、どうリアクションすれば良いのか分からなかったんだ。
「Thinking,about your face.」
自分で言ってもって奴だけど、壮絶だったと思う。
中忍になった。
中忍になっての初めての任務は、Aランクだった。
Aランク任務は初めてだった。(Aランクというのは後に聞かされた)
顔も知ってる、どんな奴かも多少なりとも知っている。
里を抜けようとしているサスケの奪還任務だった。
小隊長として、俺と一緒に任務についたのは、馴染みのメンバー。
そいつらが1人、また1人と俺の元から離れていき、強敵と対峙した。
俺も、その敵の1人と戦った。
笛の音で人形みたいなのを操ったり、幻術をかける奴。(よりにもよってまた女)
何とか捕まえる所までは上手くいったんだけどな。
チャクラが足りなくなっちまった。
よくいのとかに「体力ないわねー」とか言われていたが、痛感した。
中忍試験の本選もそうだった。
チャクラ切れちまったんだよ。"あー、もう駄目だ。"って思ってギブアップしたんだっけな。
ついこの間の事なのに、大分昔の事に感じる。
その中忍試験で戦った奴が、助けに来たんだよ。
でかい扇子を振り回して、敵を吹っ飛ばして現れやがった。
開口一番、俺に対して言った台詞が『頭の切れ悪くなったんじゃねーか?』
・・・何だったんだよ、今思うと、ホントに。
まぁ、でもアイツのお陰で敵を倒せたんだけどな。
敵を倒した後の、アイツの笑った顔がやけに瞼の裏側に残っている。
それまで会った中で(と言っても中忍試験の時にしか顔を合わせてないけど)
あんな顔は初めて見たからだとは思う。
それでもまだ忘れられないのが謎なんだよ。
ソイツは、木の葉の病院まで同行してくれた。
チョウジを心配していた俺に言葉を発した。
少し乱暴な言葉遣いだったけど、それ以外の意も込められてた感じもした。
泣いた時は、何も言葉を発してこなかった。そうして欲しいと思っていたし、そうしてくれて良かったと思う。
もしあそこで何か声を掛けられたら、泣くだけじゃ飽き足らず泣き「崩れる」所だったと思う。
でも結局最後には"泣き虫"とか言われたけど。チクショー。
「今、何時だ・・・??」
三回目。
ここ一週間、似たり寄ったりな事を急に考え込み出して、眠れなくなる。
***
「あら、珍しいわね」
結局殆ど寝ないまま朝になってしまった。
「今日任務でもあった?」
「いや、今日は別になんもねーけど・・・チョウジの見舞い行ってくるわ」
「あら、そう?だったら、いのちゃんの所でお花買ってからにしなさいよ」
「ん」
軽く返事をしたら『返事はハイでしょ』と言われた。
相変わらず。
そういえば、母ちゃんとアイツ、同じくらいか。
「母ちゃんさぁ」
「なに?」
「身長、何センチくらい」
「どうしたの、急に?」
この間の時にはあんまり意識していなかったけど、見下ろされてたんだよ。
アイツと会話した時は、全部視線を上にしていた。
だからどう、という訳でもないけど。
もしアイツとまた顔を合わせる事になる時の為に、って奴か。
まずはアイツより視線を追い越してみたいと思う。
そうしたら、少し見方が変わるかもしれない。
そんな簡単に成長はしないけど。
幸い、これからが一番伸びる時期だったりもする。
露希より。2007/4/29
「キャッチャー・イン・ザ・サンセット」
風の国は、火の国の西方に位置する。
徒歩で数日の距離を旅しなければならない砂隠れの使者は、
いつも午前中、それも早い時間に木の葉の里を出発するのが通例だった。
そんな朝の太陽は東の空の低い位置でうろうろしていて、
テマリを見送るオレの後方から、透明な光を投げかける。
背後からの光線が、オレの正面に長い影を伸ばす。
あいつの後ろ姿とオレの影の先端がひとつの視界の中に収まって、
それは街道を歩み去る女の後ろ姿を、さらに強くオレの網膜に焼き付ける。
(次はいつ)
そんな思いが一瞬だけ脳裏をかすめて、すぐに振り払われる。
(……期待なんてすっから、待っちまうんだよな)
オレは視線をテマリの背から自分の影へと落とした。
他の奴らが鏡を覗き込むのと同じ程度には真剣に影を観察するのも、
なんつーか、影使いの癖みたいなもんだと思う。
邪魔にならないように高い位置で結った髪。
相変わらずの撫で肩に、そこからひょろりと伸びる腕。
太陽の光で引き延ばされたシルエットは、
もとから細身なガキの身体をさらに細長く見せている。
こいつを、地面に張り付いた自分の分身を使えば、
また遠い地へと帰ろうとする女を引き止めることは簡単だろう。
飽きるほど繰り返してきた印を組んで、チャクラを流し込み
あとは矢のような追跡を命じるだけでいい。
(だけど、あいつが振り返ったところで
オレはいったいどんな間抜け面で、意味のない言い訳をするってんだ?)
だから、太陽のおかげで勝手に引き延ばされた影はそれ以上動かない。
立ち去るあいつの足跡を撫でるだけで、それ以上は決して求めない。
それはいつだって、名残を惜しむ素振りさえ見せない凛とした女と、
呼び止めたいのに立ち尽くすだけという情けない男の、
……つまりオレとあいつの間柄の、縮図みたいなもんだった。
「今日は夕刻に発つから」
火影から呼び出しを受けてやっと戻ってきたと思えば、
テマリはいきなりそんなことを言った。
それは中忍試験で必要な山積みの書類を整理している真っ最中で、
オレは昼飯を我慢して作業に没頭しているにも関わらず
どうにも山の頂きが低くなる気配は見えない、そんな状況だ。
「じゃ、こいつが終わり次第っつーことか?」
「そういうことになる、かな」
会話の間にも書類を繰る手は休まない。
テマリも正面の席に腰を下ろし、即座に作業を再開する。
「しかし、えらい急だな。出発予定は明日だっただろ」
「近辺で動いてるうちの里の忍から合流の要請が入ってね」
「なるほど」
他国の任務に関わることなので、それ以上は訊かない。
むしろ、ごく一部とはいえ出立の理由を漏らしたことだけでも異例だ。
迂闊な女ではないのは知っているから、それだけでも邪推したくなる。
(ちったぁ信頼ってやつも、されてんのかね?)
そんなことを考えながら、オレは書類の山の向こう側にいるテマリを覗く。
うつむき加減のその表情は真剣だった。こいつはいつだって隙がない。
「シカマル。手、止まってる」
「…………悪ぃ」
そしてオレは、こいつの前だとなぜか隙だらけになる。
「……ま、気をつけて行けよ」
やはり思った通り、テマリはろくに休憩する時間も取れないまま
木の葉を発つはめになっていた。
テマリが宿泊する予定だった宿から荷物だけを回収して、
オレは普段となにひとつ変わることなく、門まで見送りに出る。
「心配するな。仲間とはあまり遅くならないうちに宿場町で合流できる」
「ならいいけど、なにしろ日も暮れるとこだかんな」
「暮れたからどうした。私を誰だと思ってる」
背負った鉄扇子を軽く叩いて、テマリは自信たっぷりに笑った。
そこに疲労の色があまり見えていないことに、少しだけ安心する。
(……確かに、一人で歩いてたって襲われるタマじゃないけどよ)
実際、夜盗の一群なんぞは口寄せ一発で全滅するだろうが。
ずっと昔にテマリが数十メートルの森を一撃でなぎ倒したのを思い出した。
あん時は……やっぱり恐くて、でも掴めない女だと思った。
「じゃあ、また今度」
テマリはニッと笑ってそう言うと、オレに背を向けて歩き出す。
もう少なくとも恐くはない。だけど、相変わらず掴めない。それに、
(また今度……ね)
いったい何ヶ月前からこいつはこんな風に……
再会を匂わせるようなことを言うようになったんだっけか。
自分だって見送りの際にはそんなことばかりを気にしているくせに、
思い返せば、テマリの態度に微妙な変化が訪れたのはいつだったのか、
それさえもはっきりとは思い出せないのだ。
アスマがいつぞや、オレの知能指数がどーのこーの喋ってたが、
こうやって肝心なことはちっとも覚えちゃいないんだから
数値なんてものは、たいしてアテにもならないんだろうと思う。
ま、夕陽が眩しすぎて集中できないせいにしておこう。そうしよう。
それにしても、今日の夕陽は確かに眩しかった。
だからだろうか。テマリの影の濃さがいやに目について。
夕陽が沈む方向に向かって去っていく、背中の大扇子。
その行く先では、目に見えるくらいの速度で燃える太陽が沈んでいって、
そいつと地面との角度の深さと比例するように、影は伸びていく。
……いや、伸びてくる。
こちらに向かって。
(ひょっとしたら今日は)
捕まえられそうな気がした。掴めそうな気がした。あいつを。
オレはそっと両掌をあわせ、簡単な印を組む。
自分の背後で忠実に控えている影を前方へと伸ばす。
ゆっくりと、あいつに気取られないように。
けれど、その一端がテマリの影に触れそうになった瞬間、
(………いんや、まだだ)
オレは印を解いた。数センチという距離まで迫っていた影が、
まるで千切れたゴムのような速さでオレの足下まで戻ってくる。
あの後ろ姿を掴むのは、影じゃない。引き止めるのは。
そのままテマリの背は遠くなる。茜色の夕暮れに溶けていく。
今日はただ見送るけど。今回はお預けってことにしとくけど。
(いつかきっと、オレの、この手で)
その時が来たら、オレはきっと西へとまっすぐに歩を進めて
あいつの隣に並んで、あの白い腕をしっかりと掴む。
まだ早すぎるのはわかってる。だからもっと先に、きっと。
戻ってきた影は、今度はオレ自身の背後に伸びている。
振り返りはしない。ただ、心の中でぼそりと呟いた。
(だいいち、そんな美味しい役どころ
影のヤツに譲ってやる訳にいかないし、な)
……もし影が意思を持っていたら、いったい何と答えただろう。
早くしろよ、さもなきゃ――くらいは言ってくるかもしれない。
ああ、こんなくだらない想像をするのも、きっと西日が眩し過ぎるからだ。
テマリの金髪が夕暮れの中に消えたのを見届けてから、
門柱に預けていた背中をゆっくりと離す。
ずっと太陽を正面にしていたからだろうか、
眼がかすかな痛みを訴えて、オレは数度だけ瞬きをした。
振り向けば、黄昏はいつのまにかその濃さを増していた。
あくあく様より。2007/5/11